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2008年10月 5日 (日)

容疑者Xの献身

本日見て参りました。公式サイトはこちら
昨日の「ガリレオφ」のちょうど表裏一体となったような映画でありました。
そして見ながら一番に思ったのは、原作読んだ皆さんがこのXを演じる役者として温水氏を推した、というのがとてもとても腑に落ちた、ということでした。
そして堤氏の最後の「咆吼」は堤氏の今までのどんな演技もぶっちぎりでなぎ倒すほどの、まさに「真骨頂」で、それだけでも見てヨカッタと、心から感動するモノでしたよ。

原作を読んでいる方も多いでしょうし、今日からO.Aされている映画のCM見るともう「ほぼ解禁」状態のようですので(笑)私もここからは思いきりネタバレでいきますv
監督は今回、原作とラストを変えています。それはおそらく、再び人生の絶望の淵に立たされた石神が、今度は靖子の愛の力で立ち直ってほしい、という願いが込められていたのだと思います。
でもその時点で、この監督は読み違えている。堤氏はパンフでは監督の意を汲んでいましたが、演技では全くそんなそぶりも見せていませんでしたから、石神という人物をタダシク把握できていたのだろうと思います。
石神の思いは、愛ではなく、恋ですらなく、憧憬・憧れに近いモノだった。だから一緒にWiiで遊ぶのではなくその音を聞いているだけで幸せだッたんだし、2人を見ているだけでこの世の中に意味を見いだせた。それは彼の中では壮麗な山頂の景色と同じ、もっと言えば「美しい数式」と同じくらい、生きる原動力となり支えとなるモノだったんです。愛や恋などというものではなく、もっと一方的で閉じた世界だからこそ、その美しさは永遠に輝き続けるのです。
おそらくそれは、世間では「子供の領分」として扱われているものです。飾って言うならば「少年のような心」というやつです。しかし実際に子供のままの心を持った30過ぎた大人には、いい意味でも悪い意味でも必ずどこか「違和感」がある。そして今回はその子供を宿したままの大人、という位相が大きく「殺人の動機」となるわけですから、その「子供のような純粋さ」を「狂気」として取り出して見せる事が、ストーリー展開の上で最重要課題だったと思います。
そしてたぶん温水氏なら、この「献身」が愛や恋から来るものではないことを全力で伝えきったと思うのですが、堤氏にはそこまでの稚気が感じられなかった。もっとオトナだった。そしてかっこいい(笑)。松雪さんと2人並んでいるだけで恋愛に発展してしまいそうな美しさに、監督がつい幻惑されてしまうのもよくわかります。しかし堤氏自身は石神の心の内を本当によくつかんでおられたと思います。
殺人のアリバイを完璧なまでに偽造することと、4色塗り分けの証明を美しく完成させることは、石神にとっては全く等価の「ロマン」であり生きる支えです。しかし湯川先生はきっと、石神がアリバイとして美しく完璧に描き出して来たものが、世の中ではロマン「にすぎない」事、美しく証明された公理とは違い、早晩粉々に打ち砕かれるものであることを知っていた。そして自分の作り上げた世界を粉砕された男が、どうなるか、も。
最後の堤氏の咆吼は、今ひとたびの人生に対する「絶望」だったでしょう。そしてそれを聞く湯川先生には、堤氏が今立ちつくしている淵の深さが痛いほどわかったに違いありません。

昨日も似たようなことを書いた気がしますが(汗)石神はとことん突き詰めたい「だけ」なんですね。ただ好きなことをやり続けたいだけ、自分が美し いと思ったものを愛でていたいだけです。他意はないのです。ところが原作者と監督は、形は違えど、その「ロマン」を粉々に叩き割ってしまうんですね。人1 人殺した上に自分の行為に酔いしれている代償、ということなんでしょうか。そのくらい、させてあげてもいいじゃないかと私などは思ってしまいます。

そん なに残酷な事をされても尚、つながるだけの価値が本当にあるんでしょうかね。人間の作る世の中に。



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