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2008年10月19日 (日)

トルパン

コンペ部門の「トルパン」見てきました。
TiFFの公式ページはこちら

公式に「一人前になるために嫁をもらいたい青年を中心に、厳しい自然の中で暮らす家族の姿をほのかなユーモアで包みながら描いていく作品。ひたすら広大な大地の姿に圧倒される!」って書いてあるんですが、見た感想は、とにかくこの最後の一行に尽きます。っていうか圧倒されっぱなしw 何も覚えてません(笑)

地球がもし100人の村だったら、自分の内面世界に自らもぐりこんでがんじがらめになってしまうような人たちはホンの数人しかいない、ある種シアワセな人たちなのだというのがよーくわかる映画です。車にハンドルなんて必要ないってくらいどっちへ行っても大して違わない広大なw草原。強烈な日差し。砂がジャリジャリいいながら吹き付けてくる強風。羊の雄叫び。そしてほんっとーに爆裂級の破壊力を持つらくだの鳴き声w 登場人物は欲求と行動が3秒で結びつく、実にプラクティカルなw人ばかりですが、そりゃもうコンナとこで、西洋哲学について模索し実存や虚無について考えてもむなしくなるだけです。っていうかムリですw 私なんて修行が足りませんから開始5分であっという間に思考停止状態w 人間は分かり合える、対話によって平和は生まれるなどとほざく人は、5分でいいからラクダに吠えてもらえばいいんですよ。人間が文化と呼び、古来営々と形而上、あるいは内面の宇宙とヤラにせっせと築き上げてきたモノなんて、情けないほど微々たるモノなんだと、ラクダは日々叫んでいるような気がします(あの鳴き声を毎日聞いている小さな女の子がガナリあげる「歌」に歌心などというモノが皆無であっても、彼女を責められないです)。
そしてこういう時、砂漠の民の編み出したキリスト教が一神教だという事実が、アタマでなく感覚で、ものすごく納得できてしまいますね・・・なんかこう、自分以外全部敵wみたいな意識のまま全く先へ進めません。

表題は、出だしでいきなり主人公が振られる彼女の名前です。嫁さえ来れば人生一件落着という、こっち側に住んでいる人間にとっては馬鹿みたいに単純な、しかし実際かの地に住めば望みうる限りで最大のシアワセが、そのすべてが、この名前に込められています。それを大画面のスクリーンで見ながら笑うことは簡単ですが、私にはそれを希求する力すら残っていないのではないかと、逆に己の情けなさをスクリーンの向こうから笑われているような気がして仕方ありませんでした。



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受信: 2008年10月27日 (月) 00時58分

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