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2008年10月

2008年10月20日 (月)

がんばればいいこともある

引き続きコンペ作品、仏題 "Aida toi et le ciel t'aidera" 見て参りました。
私が料理用語以外で知ってる、数少ないフランス語が題名(笑)
英語なら "Heaven helps those who help themselves "  
天は自ら助くる者を助く、であります。
TIFFの公式サイトはこちら

映画の後のティーチ・インも参加できましたので、それも含めての感想です。監督は「イブラヒムおじさんと・・・」を撮ったデュペイロンさんでお話是非聞いてみたかったですが、主演女優のフェリシテ・ウワシーさんが来場し、監督の代弁者となっていました。
この方はもう15本も映画に出演し、劇中人物と同じく中学生のお子さんも2人いる大ベテランさんだそうですが、もちろん私は初めてで、強烈な光を放ちつつ実に繊細に感情を映し出す大きな瞳に、ウーピー・ゴールドバーグのようなチカラを感じました。映画そのものがよくある仏映画と言うよりハリウッド映画に近いノリだったのでそのせいもあるかもしれません。監督もウワシーさんも、’70年代のイタリア映画が大好きなんだそうで、今回の登場人物もパリ郊外に暮らす一般的なブラックの人たちとはカナリ違う、とティーチ・インではっきり言っていましたから、そういう寓話的なモノを映し出したかったものかもしれません。私はそのあたりの事情に疎かったので、半分ドキュメンタリーのようなキモチで見ていて、彼の地の人たちの精神風土も最近徐々に変わりつつあるのかと思いましたが、そうではないようです。

天は自ら助くるものを助ける、「だから俺は何もしなくていい」と続くのが(笑)この映画に出てくるお母さん「以外」の人たちのコンセプトでありますvv
映画に出てくる人と似ているといって、ウワシーさんが紹介してくれた小話。
あるポーランド系ユダヤ人(河内のオッサン、ぐらいに思って下さいw)が「宝くじを当てて下さい」と何日も何日も神に祈り続ける。するとある日神様がため息つきながら男の前に顕れて「私にだって出来ることと出来ないことがある。頼むから一枚でいいから宝くじ買ってくれ」・・・
ま、そんな人たちですw 子供の逮捕、別の子供の妊娠、さらにもう1人思春期特有、では片づけられない少し病的に情緒不安定な子供、ダメ亭主、自分の恋、と問題は次々に降りかかりますが、「必ず解決方法はあるわよ」と呪文のように唱えながらおかーさんは1人で立ち向かっていきます。そしてその、まるで沸騰した鍋の中のような家族(笑)に、隣人のじいさんがレードルのように手を差しのべます。この「外側から温かく見守る目」が、その距離感が、私はとても好きでした。そして後半、今度はおじいさんという鍋の前でおかーさんが立ちつくすことになるのですが、そのストーブの熾き火であたためられてきたような鍋の、中身は、悲しさとあきらめとわびしさと情けなさが煮詰められて出来ているわりに、ずしりと重く、かすかに甘ささえ漂う、曰く言い難い人の一生そのもの、でした。この隣人のじいさんのエピソード、たしかに一筋縄ではいかないじいさんなんですがw ほんとに好きです。まだまだひよっこの私はこれから先、何度か折にふれて思い出すことになるんだろうと思いました。

生活に疲れたお母さん、はひょっとしたら更に疲れる事になるかもしれませんが(笑)いろんな世代の人が見て共感できること多いと思いますので、機会がありましたら是非どうぞ。

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2008年10月19日 (日)

トルパン

コンペ部門の「トルパン」見てきました。
TiFFの公式ページはこちら

公式に「一人前になるために嫁をもらいたい青年を中心に、厳しい自然の中で暮らす家族の姿をほのかなユーモアで包みながら描いていく作品。ひたすら広大な大地の姿に圧倒される!」って書いてあるんですが、見た感想は、とにかくこの最後の一行に尽きます。っていうか圧倒されっぱなしw 何も覚えてません(笑)

地球がもし100人の村だったら、自分の内面世界に自らもぐりこんでがんじがらめになってしまうような人たちはホンの数人しかいない、ある種シアワセな人たちなのだというのがよーくわかる映画です。車にハンドルなんて必要ないってくらいどっちへ行っても大して違わない広大なw草原。強烈な日差し。砂がジャリジャリいいながら吹き付けてくる強風。羊の雄叫び。そしてほんっとーに爆裂級の破壊力を持つらくだの鳴き声w 登場人物は欲求と行動が3秒で結びつく、実にプラクティカルなw人ばかりですが、そりゃもうコンナとこで、西洋哲学について模索し実存や虚無について考えてもむなしくなるだけです。っていうかムリですw 私なんて修行が足りませんから開始5分であっという間に思考停止状態w 人間は分かり合える、対話によって平和は生まれるなどとほざく人は、5分でいいからラクダに吠えてもらえばいいんですよ。人間が文化と呼び、古来営々と形而上、あるいは内面の宇宙とヤラにせっせと築き上げてきたモノなんて、情けないほど微々たるモノなんだと、ラクダは日々叫んでいるような気がします(あの鳴き声を毎日聞いている小さな女の子がガナリあげる「歌」に歌心などというモノが皆無であっても、彼女を責められないです)。
そしてこういう時、砂漠の民の編み出したキリスト教が一神教だという事実が、アタマでなく感覚で、ものすごく納得できてしまいますね・・・なんかこう、自分以外全部敵wみたいな意識のまま全く先へ進めません。

表題は、出だしでいきなり主人公が振られる彼女の名前です。嫁さえ来れば人生一件落着という、こっち側に住んでいる人間にとっては馬鹿みたいに単純な、しかし実際かの地に住めば望みうる限りで最大のシアワセが、そのすべてが、この名前に込められています。それを大画面のスクリーンで見ながら笑うことは簡単ですが、私にはそれを希求する力すら残っていないのではないかと、逆に己の情けなさをスクリーンの向こうから笑われているような気がして仕方ありませんでした。



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2008年10月18日 (土)

トニーレオン再び

あこがれのトニー・レオンを間近で見ました~

@Tiffグリーンカーペット!!!


子供が友達の家で遊んでいるのを迎えに行く途中

っていうか、子供は友達の家でそのまま待たせてw

年甲斐もなく、出待ち!! そして!!

最後の最後に監督と、麻生首相と一緒にv しずしずと歩いてくるところを

呆然と。

見ていました。


写メも忘れて(殴)





立ち直れない・・・orz






気を取り直して、先程まで
トニーがゲスト出演しているすまステーション見てました。
天下のトニーレオンを前にして、
今アジアで人気の若手10傑見せてもらってもナンっっっにも感じませんが(コラ)
トニーレオン自身が、その中で気になる俳優として、
チャン・チェンを認めてくれてたのが嬉しかったです

あの「ブエノスアイレス」からもう何年経つんでしょうか。
この2人は「レッドクリフ」で競演しているんですね。
公開が待ち遠しいです・・・・





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2008年10月 9日 (木)

物理3連発(汗)

門外漢の私が身の程知らずにも物理ネタ3つ目、です・・・

ノーベル物理学賞は素粒子理論の3氏

このリンク先は比較的わかりやすくタダシク(汗)説明がなされていると思いますのでよろしければご覧下さい。
3氏の中で、大変申し訳ない事ながら益川・小林両氏のお名前は初耳だったんですが(汗)南部先生という方のお名前は何度も耳にしていました。小柴氏を筆頭に日本の物理学研究者はもちろん、海外の物理学者までがノーベル賞を取るたび、「僕より先にナンブ先生がとるべきだ」と強く推していたからです。今回受賞した益川氏も「(自分のことより)ナンブ先生が賞を受けられたのが何より嬉しい」と男泣きしていました。

今回受賞の益川氏と小林氏は理論屋さんです。お2人の中では益川氏が天才肌、小林氏が秀才肌で、益川氏が考えをまとめ小林氏が理論として検証する、という役割だったようです。それを実験で検証するのが小柴氏のような実験屋さんです。益川氏は、ノーベル賞もらうより自分の理論の正当性が実験で確かめられたことの方が嬉しかった、と述べて記者に笑われてましたが、逆に言うと、このくらいの世界になると、理論を立てその正しさを実証する、にたどりつくだけでも、膨大な人手と年月を要する、すーごいタイヘンな事なんだということがわかります。
でさらに、その益川氏のような理論屋さんは、無から理論を立ち上げるわけではなくて、目に見えない世界、地球にいてはわからない世界について、あるイメージやモデルを思い浮かべて、それについて理論を立ち上げ検証するわけです。そのもともとのモデルに、美しい、理にかなっている、きっとそうだと思わせる「何か」があると、物理屋さんたちはもう砂糖に群がる蟻のようにそのイメージの検証を始めます。で、話が一気に壮大になりますが宇宙の創始からはじまるモノの最小単位、素粒子理論の世界で、最初の一矢、大河の一滴となったのが今回のナンブ先生の「クオークは対にはなっていない」理論だったわけです。

何か1つのものができあがると、最後にそこに手を下した人が一番見えやすいので、賞賛を受けるのもその人になりがちです。実際にモノが出てこない理論の世界になると尚更です。でもその数式だらけの「イメージ」を見た人、考察した人、検証して見た人、実験してみた人たちは、わかっているんですね。自分たちは壮大な真理を証するためのコマに過ぎない、ということが。50年近い検証期間を経ても尚揺るがない、凄い「真理」を最初に言い当てた人こそが実は本当にスゴいんだということが。

この話がニュースになってからというもの、テレビや新聞の記者さんたちは本当に一生懸命に説明してくれています。中には、「原子核のまわりを原子や分子が回っているわけです」(回っているのは電子ですが)とか、「素粒子が爆発してビックバンという宇宙の始まりがはじまったわけです」(ビックバンの結果生まれた素粒子が対になっていない、というのが今回の話なんですが)とか、門外漢の私でもビックリするようなトンデモ説明が多々ありまして、そういうの聞く度にキモチがなんとなく沈んでしまうんですが。益川氏は受賞のインタビューの中で、若い後輩「研究者」たちに、言葉の逆の意味で「眼高手低」という言葉を贈っていました。志は高く、しかし手は着実に最初の第一歩から動かしていくのが物理屋さんの使命。誰の目にも触れないところで日々悶々としている後輩諸氏にも、その「熱い思い」を絶やすことなく頑張ってほしいと思います。

偉大な功績を挙げた受賞者はもちろん、メタルの魔術師も、天才数学者も、きっと、同じ思いを抱いていたと思うので。

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2008年10月 5日 (日)

容疑者Xの献身

本日見て参りました。公式サイトはこちら
昨日の「ガリレオφ」のちょうど表裏一体となったような映画でありました。
そして見ながら一番に思ったのは、原作読んだ皆さんがこのXを演じる役者として温水氏を推した、というのがとてもとても腑に落ちた、ということでした。
そして堤氏の最後の「咆吼」は堤氏の今までのどんな演技もぶっちぎりでなぎ倒すほどの、まさに「真骨頂」で、それだけでも見てヨカッタと、心から感動するモノでしたよ。

原作を読んでいる方も多いでしょうし、今日からO.Aされている映画のCM見るともう「ほぼ解禁」状態のようですので(笑)私もここからは思いきりネタバレでいきますv
監督は今回、原作とラストを変えています。それはおそらく、再び人生の絶望の淵に立たされた石神が、今度は靖子の愛の力で立ち直ってほしい、という願いが込められていたのだと思います。
でもその時点で、この監督は読み違えている。堤氏はパンフでは監督の意を汲んでいましたが、演技では全くそんなそぶりも見せていませんでしたから、石神という人物をタダシク把握できていたのだろうと思います。
石神の思いは、愛ではなく、恋ですらなく、憧憬・憧れに近いモノだった。だから一緒にWiiで遊ぶのではなくその音を聞いているだけで幸せだッたんだし、2人を見ているだけでこの世の中に意味を見いだせた。それは彼の中では壮麗な山頂の景色と同じ、もっと言えば「美しい数式」と同じくらい、生きる原動力となり支えとなるモノだったんです。愛や恋などというものではなく、もっと一方的で閉じた世界だからこそ、その美しさは永遠に輝き続けるのです。
おそらくそれは、世間では「子供の領分」として扱われているものです。飾って言うならば「少年のような心」というやつです。しかし実際に子供のままの心を持った30過ぎた大人には、いい意味でも悪い意味でも必ずどこか「違和感」がある。そして今回はその子供を宿したままの大人、という位相が大きく「殺人の動機」となるわけですから、その「子供のような純粋さ」を「狂気」として取り出して見せる事が、ストーリー展開の上で最重要課題だったと思います。
そしてたぶん温水氏なら、この「献身」が愛や恋から来るものではないことを全力で伝えきったと思うのですが、堤氏にはそこまでの稚気が感じられなかった。もっとオトナだった。そしてかっこいい(笑)。松雪さんと2人並んでいるだけで恋愛に発展してしまいそうな美しさに、監督がつい幻惑されてしまうのもよくわかります。しかし堤氏自身は石神の心の内を本当によくつかんでおられたと思います。
殺人のアリバイを完璧なまでに偽造することと、4色塗り分けの証明を美しく完成させることは、石神にとっては全く等価の「ロマン」であり生きる支えです。しかし湯川先生はきっと、石神がアリバイとして美しく完璧に描き出して来たものが、世の中ではロマン「にすぎない」事、美しく証明された公理とは違い、早晩粉々に打ち砕かれるものであることを知っていた。そして自分の作り上げた世界を粉砕された男が、どうなるか、も。
最後の堤氏の咆吼は、今ひとたびの人生に対する「絶望」だったでしょう。そしてそれを聞く湯川先生には、堤氏が今立ちつくしている淵の深さが痛いほどわかったに違いありません。

昨日も似たようなことを書いた気がしますが(汗)石神はとことん突き詰めたい「だけ」なんですね。ただ好きなことをやり続けたいだけ、自分が美し いと思ったものを愛でていたいだけです。他意はないのです。ところが原作者と監督は、形は違えど、その「ロマン」を粉々に叩き割ってしまうんですね。人1 人殺した上に自分の行為に酔いしれている代償、ということなんでしょうか。そのくらい、させてあげてもいいじゃないかと私などは思ってしまいます。

そん なに残酷な事をされても尚、つながるだけの価値が本当にあるんでしょうかね。人間の作る世の中に。



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2008年10月 4日 (土)

メタルの魔術師

明日、映画の「ガリレオ」見に行くので、さっきまで子供と一緒に予習としてw見てました。ガリレオφ。
途中までは三浦春馬くんと福山雅治は美形の系統が違うだろっっ あれ、でも声はそっくりなんだ~わぁうっとりv とか。
長沢まさみちゃん、あんなに綺麗な子なのによくぞここまでヲタクになりきってwとか。
わりと冷静に見てたんですけど。
ついでに言うとドラマ見ながら、ドラマより数十倍ちゃちい仕組みで(涙)矢尻発射&連爆装置も一応考えて、物理ヲタクの子供と「当たったぁ」とかヨロコンでたんですけど。

まさみちゃんの「卒業後の物理学生の行く末」の話と、「メタルの魔術師」の壮絶なデータ集の話聞いてたら、途中から涙が出てきて止まりませんでした。
あんな、世界に冠たる魔術師が、日本にはほんとうにたくさんいて。
例えば東大阪の町工場の人たちのように、やろうと思えば人工衛星だって自作できちゃう力を持っていて。
一方に物理が好きで実験が楽しくてただ理論を追うだけでもわくわくしてそのまま大学の門を叩く子がいて。
両方とも、根っこの所は同じなんです。
うちにもそんなバカが2人もいますからよくワカります。
「やりたいと思ったことをとことんやりつつづけたい」それだけ、です。

魔術師と湯川先生はわかりあえた。
研究室にいる湯川先生には、研究論文なら5コですむデータが現場で使用しようとするとその何十倍も必要になる、ということの重みが、それを支え続けた魔術師の熱意と「科学者」としての矜持が、ずしりと胸に響いたでしょうし
現場にいた魔術師には、起こってしまった事象、現実というありすぎるほどのデータの中から、必要なモノだけを選び出して精査し仮説をくみ上げるという「逆の側からの検証」が、たった1つの答えをめざして筋道をたどる制作側より実に何十倍も大変な作業だということがわかっていた、でしょう。
それがわかる2人が出会えたのは,
本当にお互いのために幸せなことだったと思いますが
更にその幸運の本当に希なことを思うと、その報われなさに、泣けてきます。

本人たちは好きでやっているから、いいんでしょうけど。
でもNASAからオファーを受けつつも工場の資金繰りに頭を悩ませながら
4年間学んだ理論はすっぱり忘れて営業に接待に走り回りながら
どこかで、きっと誰かに、わかってほしいとは思っていると思うんですよ。
あの魔術師の最後の、快心の、ほほえみを見ると。

「わかるひとだけがわかってくれればいい」ではなく
その「誰か」が同好の士だけでなく、せめてもう少し外側に拡がっていってほしいと
その彼らの熱意の純粋さ故に、

まったくの門外漢の私はいつしかボロボロと泣けてくるのでした。

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2008年10月 3日 (金)

予告・・・

Tiffのプレリザーブ、当たりました~(嬉)

10/19(日)  13:40  トルパン
10/19(日)  15:30   がんばればいいこともある
10/22(水)  14:40   プラネットカルロス


そして水曜は、
実は夜の部でこっそりお仕事だったりします・・・

始めてだ~緊張するw

追記:

同時開催の「ショートショートフィルムフェスティバル」もBプログラムを見に行きます。
「胡同の一日」楽しみです。
Aプログラムの「LINE」も、ふせえりさん、上島竜兵さん、勝村正信さんという蒼々たるメンバーが出ていてこちらも前評判高いです。

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2008年10月 1日 (水)

成績と日教組

ここホントは映画のブログのつもりなんですが(笑)
あまりにお問い合わせが多く誤解も多いので、私が前職教員だったということを知っている身内のために、今日はタイトルの解説をします。
Edc0808291713002l1 左の表は、今春文科省が行った全国一斉学力テストの結果です。
そしてこの成績と日教組の相関関係について述べた前大臣(笑)の発言のうち
-成績と日教組の組織率は関係ないという反論もあるが 組織率は関係ない。固まり、声の大きい本当の過激運動家の影響力が大きいんですよ。どうしても それに流されてしまう。先生というのは本当はノンポリでね、子供たちに教えることで必死だから-
という点は、この表を見る限り残念ながらドンピシャリ当たっております。

なかなか数字では見えませんが、いわゆる「思想教育」に、特に中学校段階でそれほど躍起になっていない都道府県が成績が明らかにいいです。北陸三県、秋田、山形、岐阜、静岡、香川などは代表的です。この中には日教組組織率だけで見るとかなり高い県も混じっていますが(住んでいる方はわかると思いますが)ソコはいわゆる「御用組合」です。ほぼ全職員が組合員ですが、だからといって日の丸掲揚を巡って3日連続職員会議をしたり、勤務評定に反対して教頭と団交したりはしません(笑)。粛々と、むしろ積極的に日常の教育に勤しむための「親睦会」的な要素の強い組合です。
逆に成績の悪い方ですが(笑)言いにくいのですが、実は成績が悪いのには大きく2つ要素があります。1つは地場産業があまり発達していなくて、県全体の平均所得が他県に比べて低い場合。残念ながら教育はお金です。公立といえども家庭の経済状態は子供の成績に如実に影響します。私は大臣ではないので言いたいこと言いますが(汗)例えば高等学校で統計を取ると、偏差値上底辺高と呼ばれる学校、定時制高校での片親率は半分を超えます。全高校生の親の半分が片親というのはあり得ませんから、数字の上で明らかな偏りがここに見られます。給食費払わないでベンツに乗っている親が一時話題になりましたが、あれは極端だとしても(笑)教育費は一番費用対効果の見えにくい分野なので家計の中で削られやすいのは確かなのです。敢えて表から名前は挙げませんが、小学校も中学校も成績下部の県はそういうのっぴきならない理由である場合が多いです。
で、もう一つの理由、はっきり日教組が(笑)成績アップを邪魔していると考えてよいのは、小学校ではそこそこなのに中学校でガクンと成績が落ちている県です。小学校では成績を恣意的に動かす意味はほとんどありませんか、中学校は進路と結びつくので、「悪しき平等主義」はそのまま学問へのモチベーションに影響します。京都、兵庫、広島、と名前を挙げれば、逆になぜこの県で組合活動が盛んか納得して頂けると思いますが(汗)。他に、いわゆる「田舎の閉鎖性」が組合の「共闘姿勢」と分かちがたく結びついて悪い意味での平等主義に陥っている(ので成績アップに血道を上げない)のが、茨城、栃木、山梨、三重、滋賀、和歌山、岡山、佐賀、大分あたりです。そして実はお金もなければ日教組もガンガン、というダブルパンチなのが(汗)大阪、北海道、長崎、沖縄の4府県、なんですね。京都兵庫大阪は全国屈指の進学校がいくつもありますから不思議な感じがしますが、その子たちはまず中学受験してしまって公立中に行かないのと、そういう私立中の生徒は全国区でやって来るというのがあるので、「その他」地元の小、中学校の成績アップには全く関与してくれません。これは東京、埼玉、千葉、愛知あたりでも同じです。

私は実際には、日教組が思想的な意味でガンバッている職場で働いたことはないです。でもそこから来た先生方と机を並べ、教研集会で話を聞き、またそこから来た生徒さんを何人も受け入れてわかったことは、これは人生に起きるいくつかの「不幸」の1つだということ、です。そこに住んだ、というだけの個人の力ではどうしようもない、気候風土のようなモノ、大げさに言うと、その県の地域的経済的歴史的特色と分かちがたく結びついているモノなんですね。
しかし敢えていいますが、どの県にも東大合格者は存在します。だからこれを読んで個別に、「じゃあウチはだめなのね」と考えるのは間違っています。あくまで全体 像とその傾向の話ですので、例外反例は「個別に考えれば」いくらもあると思います。ただ、進学を考えた時に、大学は他都道府県を受ける方はどの県でも多い と思います。そしてそこで初めて、自分の力がなぜヨソでは通用しないのかと落ち込むくらいなら、わかったうえで学校はあきらめて(汗)自学自習に勤しんだ方がいい場合もある、 ということです。まぁこの表のタダシイ利用の見方といったら、そんなモンではないでしょうか。

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