« 日本以外全部沈没 | トップページ | フラガール »

2006年10月 7日 (土)

記憶の棘

325267view004 「記憶の棘」見てきました。公式サイトは写真からどうぞ。

 題名見た時、島尾 敏雄の「死の棘」思い出しました。そして、棘という言葉の持つ意味は、この映画でもまさしく同じものでした。最初ちくちくと、気になりだすと次第にその存在感を増し、最後には抜かずにはいられなくなる・・・今回はネタバレだらけですので、未見の方はご遠慮下さい。



 自分の愛した夫が、よみがえってよその子供に乗り移った・・・かもしれない、という話です。ストーリーとあんまり関係ないですが、私はまず登場人物の「クラス」がとてもしっかり描かれているのに感嘆しました。字幕は例によって平坦ですが(っていうか日本語はあそこまで細かく使い分けないですよ)、主人・客人の身のこなし、親子の会話から召使の言葉遣いにいたるまで、尊厳を保ちつつ必要以上には丁寧にしない、ある程度以上の教養を身につけた人特有の、バランスの効いた節度が保たれ、本当に見ていて心地よかったです。で、だから、なのかもしれませんが、私は、そこへ飛び込んできた「生まれ変わり」の男の子が、とてもこの彼女のフィアンセとは思えなかった。子供である事以上に存在そのものに違和感を感じて、最後までなじめませんでした。少なくとも男の子の中の人(笑)がこのクラスの男性なら、子供に乗り移った時点でこんなに卑しい振る舞いは恥ずかしい筈だし、この年なら立ち居にももっと躾のよさ、洗練された身のこなしが備わっていてしかるべきです。その点で、私も他の登場人物と同じく最後まで「この子は違う」としか思えず、かなり損しました。ヘンな話ですが、最後に子供が一人ずつ写真を撮るシーンがあるのですが、その時、この少年の2人前に撮った男の子なら、見るからに育ちがよさそうで笑顔も美しくて動きもしなやかで、背筋もすっと伸びていて目線も大人のように知的で、ものすごく説得力あったんですが。出てきていた子は子供としては可愛いし、むしろ好きなタイプの子なんですが、私はミスキャストだったと思います。

 そして、10才にも満たない子供のうちに亡き夫の影を見てそれに取りすがるほど、夫を愛していた主人公の女性ですが。それほど愛していた、と言われればそれまでですが、先にあげた子供の「違和感」とあいまって、どうも、これだけの女性が何故?という疑問が付きまとって離れません。ところが彼女の棘は、そんなものではなかった事があとでわかります。この女性の夫には愛人がいた。夫は、妻からもらった手紙を丸ごと愛人に投げてよこしすほど妻に対しては冷めていた。そしてその手紙があとで少年が「なりきる」原因となったとわかった時、少年への怒りもさることながら残された妻はもう「自分の手紙を呼んだ第三者の存在」に蓋が出来なくなってしまいます。たぶん生前もうすうす気づいていたのでしょう。そして夫の愛を信じられなかったからこそ、自分のもとに「帰ってきてくれた夫」に、子供の形だろうと何だろうと取りすがるしかなかった・・・というスゴイ棘。蓋を開けてしまった彼女は実に美しい狂女となります。10年以上も押し込めてきた夫への憎悪と嫉妬と怒りと悲しみが、ついに制御不能なものになって終わるわけです。
 
 死んだ夫の両親が出て来ます。彼等は確かに丁寧な人ではありますが、まったくクラスの違う人です。だからひょっとすると、死んだ夫も、この男の子に感じる違和感そのままの「彼女にはふさわしくない相手」だったのかもしれません。彼女が選ぶ2人目の夫も、粗野で自制心の効かないただの成り上がり者、懸命に取り繕ってはいても、いったん事が起これば彼女の親戚一同がヒイてしまうほどの卑しい男です。で、一方で、そういう夫ばかり選んでしまう女性、というのも確かにこの世にはいるんです。今回その結末が狂気として閉じられた事に、私はむしろ幸せを、感じてしまったのでした・・・・

|

« 日本以外全部沈没 | トップページ | フラガール »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/103190/12164374

この記事へのトラックバック一覧です: 記憶の棘:

« 日本以外全部沈没 | トップページ | フラガール »