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2006年10月11日 (水)

カポーティ

20060201002fl00002viewrsz150x「カポーティ」見てきました。公式サイトは写真からどうぞ。

 うーん、これは申し訳ないんですが、どんな日本人にもよく理解できる、ようには作られていません。カポーティ、と題されているわけですから、少なくとも彼が作家である事、「ティファニーで朝食を」を書いた人である事・・・ぐらいは知っていて観にいらっしゃるのだろうと思いますが、もしこれからおいでになる方は、それにプラス以下に書いた事ぐらいはぼんやり思い出してから行って下さい。「冷血」も読んでおいたほうが、目の前で「何が問題となっているのか」を理解する助けとなると思います。

 まず、アメリカで今30代後半以降の人は、TVで「生カポーティ」をしょっちゅう見ていました。だからまずこの映画の観客は、本人の事をとても良く知っている想定になっています。作家なんですが、この人は例えばノーマン・メイラーみたいに、作品はもちろんの事、その私生活の華やかさとゴシップでも有名だったんです。悲惨な境遇の生まれですが、上流階級に憧れ、あの妙な声としぐさと(^_^;)天才的な話術により社交界の中枢に入り込み寵児となります。いや、映画でもやってますが、上手いですよ、ほんとに。何を隠そうこの私まで、英語のジョークなのに大爆笑させられましたから(笑)その話術たるやものスゴいもんです。しかも、すっごい「ヤな奴」v 粘着質で薀蓄豊富で、独自の世界を知的裏付けのもとに築き上げてしまっている。一見慇懃無礼で如才なく、自分のすべてを自虐ネタにして笑い飛ばしながら、絶対人とは相容れようとはしない。まるでおすぎとピーコ(本人もゲイ)と司馬遼太郎を足して3で割ったような人・・・まぁ最後のは余計ですが(^_^;)、ここまでは、もう観客の頭の中のイメージとして折込済で、それを「覆す」ところからこの映画は始まるんです。

 「覆す」と言えば、映画のコピーでは、彼はこの「冷血」という作品のせいで以降書けなくなった事になっていますが、実際のところは、未完作となった「叶えられた祈り」で、彼が社交界のスキャンダルをフォーカスよろしくすっぱ抜きまくったので、書きかけの第一章を発表した段階で、社交界出入り禁止、になったから、というのももはや定説です。それは彼にとっては死よりもつらい仕打ちだった事は想像に難くありませんが(だったら書かなきゃいいんですが)、そのせいでアルコールに溺れて心臓発作で亡くなっています。そしてその既成事実を覆すだけの説得力が、この「新説」に在るかどうか、というのもこの映画の眼目です。「冷血」は"ノンフィクション・ノベル"という、実はそれ以降誰にも書けてない「ジャンル」を打ち立てた作品としても有名ですが、本読んでる人は、その犯人像が映画の中でものの見事に覆されてしまって、それにもほんとに驚くと思います(ノンフィクションじゃなかったかもですよ・・・)。

  で、それを踏まえて(笑)、映画を見ると、正直私なんて「何でカポーティなんか映画にするんだろう」とまで思っていたんですが(いや、作家としてはとっても尊敬してますよ~^_^;)、でもそんな私でも最後には、映画のフィクションとして描き出されたこの「誰も知らないカポーティ」に、ほんとに胸締め付けられる思いがしたんですから、ファンの人なら号泣してたかもしれません。彼が自ら積極的にさらけ出し「利用」していた「自分」。あるいは場を沸かせるために、あるいは「取材」のために自在に出し入れしていた筈の自分。自分と似た境遇の「犯人」から事実を引き出すために、シンパシーを感じ友情を育むのも、ある時点までは「計算のうち」だった筈です。でもその合間にちらり、ほらりと彼の心にほころびが生じます。「僕らは同じ家に生まれたんだよ。ある時彼は裏口から出て、僕は表玄関から出たのさ」。この言葉は最初気の利いた説明に過ぎなかったはずなのですが、その「家」が抱える闇に気づいて、そこで初めてそれを共有している犯人に「心が動き」ます。ここからはネタバレですが。最後の最後まで引っ張る、犯人が「その夜した事」。カポーティが取材している相手は実は主犯ではなく共犯で、殺しはむしろ止める側だった。自分が強引に止めれば相手も殺らないだろうとまで思っていた。ところが。地下に繋がれたそこの家の主人の縄をほどいてやり、殺さないから、と告げると、その主人が心の底から安堵した顔をする。安心しきっている。この男のいう事をいともたやすく信じている。つまりこの主人は、いわゆるほんとうに「善良な人」だった、んです。紳士であり温厚な人柄で、人付き合いも良く誰からも愛され、きっと生まれた時から「人を疑わずにすむ」生活を享受してきた人。これからもきっとその明るく豊かな人生を、疑う事すらせずに甘受し全うするに違いない人。それは、彼自身が努力して得たものではないのと同じように、犯人にも、カポーティにも、どれほど努力しても決して得られないもの、だった。生まれが違うから、育ちが違うから。そして彼らがその事を「なんとも思っていない」証拠に、無防備な笑顔を向けてくるから・・・その反吐が出るほどの善良さに、越えられない壁と、憎悪と嫉妬と憎しみと・・・殺意を感じても、それは当然のことだったのかもしれません。少なくともカポーティは社交界を自在に泳ぎ回る自分の中に、全く同じ「殺意」を感じたからこそ、涙を流した。それは犯人に心の底から共感したと同時に、我と我が身を哀れむ涙でもあったのです。そして、その生涯でたった一度の「友情」を信じる事が出来た犯人の心は癒され、生涯でたった一度の「友情」を利用してしまったカポーティは地獄へと落とし込まれることになります。

 何度も言うようですが、それがアノ「カポーティ」だからこそ信じられないし凄いんですよ。この人がきっと後生大事に心の奥の奥底にしまいこんでいた、最も「見てはいけないもの」を見てしまったような、そんなつらさがあります。そしてその涙が、彼の書く文章と全く同じ、繊細で傷つきやすく儚げなものだからこそ、余計に真に迫ってくる・・・ 「叶えられた祈り」を書き始めたのも「そこ」からかと思うと、確かにこの「冷血」は筆を折るきっかけとなった、と言えるんじゃないかとさえ思います。

 彼の立てた金字塔が"ノンフィクション・ノベル"なら、この映画は"フィクション・ドキュメンタリー"かも知れません。カポーティという人に興味のある方、ちょっとだけ予習してから(^_^;)是非どうぞ。

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コメント

こんにちは、contessaさん。
>だからまずこの映画の観客は、本人の事をとても良く知っている想定になっています
本当にそうですね!自分も、ひしひしと、これ感じました。
しかし、こうしてやはり読ませていただくと、本当にcontessaさんには非常に共感を抱く自分です。他の誰も気づいていない点までちゃんと見抜かれているのですよね。・・

>社交界についてスッパ抜いた作品を書いたことにより、彼が社交界に出入り禁止になった、
>この新説が定説を覆すかどうか
この観点については、自分は、『冷血』を書いたことにより、彼自身が変わっていったのだ、そう思っています。
彼は、いわゆるその時代のセレブについて、人間の浅さについて、耐え切れなくなってきてしまったのでは、なんて思うのですよ。

投稿: とらねこ | 2006年10月24日 (火) 15時30分

とらねこさん こんばんはv
コメント有難うございます。

先ほどとらねこさんのレビューも拝読致しました。やっぱり「冷血」読むと「何故?」が付き纏いますよね。本当に私も同感ですvv
この映画に描かれた「憎悪」は、どちらかというと勧善懲悪が好きなアメリカ社会では「蓋をされて」しまいがちなものであるだけに、よけいに彼らの魂の叫びとして、胸に迫ってきました。

本人は「叶えられた祈り」をプルーストの作品のような大作に仕立て上げたかったんだそうです。でも「冷血」を書いた後では、きっと、わかっていただろうと思います。その仲間ですらない自分が身を苛んで文を起こしても、そこからは一滴の血も流れてはこない、という事が。

投稿: contessa | 2006年10月24日 (火) 22時50分

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