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2006年9月 5日 (火)

九月大歌舞伎「秀山祭」昼の部

T_b お誘い下さる方があって、有難く拝見して参りました、の「秀山祭」。今月は初代吉右衛門生誕祭で、「長谷川平蔵」こと中村吉右衛門と「バンテリン」こと松本幸四郎が(笑)頑張っております。お2人とも歌舞伎世界では「ならでは」という賛辞の付くお役をいくつも持っていながら、その他の分野でも「ならでは」(笑)であるために、なかなか板にまでは上がって下さらない。ファンの方には嬉しいひと月でしょう。

 私が見たのは昼の部で、いろんな意味で相当地味ですが(^_^;)随所に「おお!」と目を楽しませ耳驚かせるところがあって、なかなかに面白かったです。「この人のコレを今見なければ末代までの・・・」(笑)と勢い込んでいくのもいいのですが、こうして何も考えずvただたっぷりと名人芸を堪能するのも良いものです。
 特に染五郎丈ファンには、今月はおつりが来るほど素敵な月でしょう。「文屋康秀」、素晴しかったです。この人は一時期、現勘三郎丈を真似て、特に軽みやおかしみを求められる場面ではあざといまでに懸命な「芝居」を打っていましたが、すっかり一本突き抜けて、大変に品の良い、すっきりと端整な役柄で押し出せるようになってきています。そこに以前のように照れや引け目は微塵も感じさせず、堂々と「王子様でござい」でいられるあたり、苦労したんだなぁ(笑)と思いつつも、同世代の中ではひとつ抜け出したと思わせるだけの風格が備わって来ていました。車引で松王丸やって、あとでは寺子屋でパパがvv松王丸やるのですが、それが見事に繋がっていたのは、親子だからというより、染五郎の腹芸のうまさだっただろうと思います。私は先代松緑、先代辰之助の大ファンだったので、この日も最初当代の梅王丸しか見てなかったのですが(^_^;)、染五郎丈が出てきた時はほんとに空気が一変しましたからね。勧進帳で富樫が出たかのような晴れやかさと心内のオモタさ、やられた!という感じでした。
 子供ばっかりほめていますが、パパとおじ様も(笑)素晴しかった。寺子屋、源蔵と松王丸がそれぞれの忠義からした行いが一つに収斂されてしまう・・・のが醍醐味ですが、それが逆に2人の「立場の違い」を浮き彫りにしてしまう場合が往々にしてあるんです。松王丸のスゴさと源蔵の思いきりが、子の首を前にすると、所詮自分の一分であり匹夫の勇であると、見えてしまう。その2人の忠義立てが「それぞれの」ものになってしまうとヨワいわけです。それが、さすが兄弟vv その向こう側にある「同じ主(管丞相)」への思いを、見事にぴったりと重ねあわせて2人で場を覆いつくしていましたよ。まるで現代劇のように具体的に、心のひだの奥の奥まで肉薄し、リアルに演じ出して見せておりました・・・せりふは浄瑠璃、なんですけれどね(笑)


  今日で子の夏休みが終わりです。私のとっての夏の締めくくりに、こうして良いものを見せて頂いて、今年は本当に有難い事でした。

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