« 「彰義隊後日譚」@め組 | トップページ | Colors »

2006年8月 6日 (日)

サクリファイス

074

タルコフスキー監督の遺作でもあり、彼の難解な(笑)作品群の中でも私が一番素直に好きだと思える作品。大変に詳細なストーリー紹介と考察がこちらにあります。

 主人公の教授が頭の中で考えている深く重い思索の内容と、描かれる景色の息の止まりそうな美しさという、一見何の関係も見出せない二つの要素が最後に見事に互いに相関しあう、というところがこの映画のすべてだと私は思っています。古代ギリシャの昔から哲学を具象で現そうという(私から見れば)無謀な試みは延々と続けられているわけですが、それに応える、というか、ひとつの決着をつけて見せたという意味では、私は映画という枠を飛び越えた偉業だとすら思っています・・・それでも難解であることには変わりはないんですけれどね(笑)

 今回、DVDも含めてン十回目の鑑賞で(^_^;)、郵便配達夫のニーチェ語録にも、「不思議な話」にも消化不良を起こさなくなった目で(笑)改めて見てみると、当時は身近な問題であった「核戦争の恐怖」がひとつのシンボルにしか過ぎなくなった今の方が、映画全体の寓話的な意味を、より素直に受け止められる気がします。今はあのジェット機の轟音が、核爆弾を搭載した戦闘機の音にも聞こえるし、どこかのビルに突っ込む旅客機の音にも聞こえるし、戦地へむなしく飛んでいく国連軍の輸送機の音にも聞こえるからです。そうすると、以前にはたいへん唐突である意味呑気にすら思えた「犠牲をささげる」という行為が、むしろとても自然な感情の発露として、私自身にとって、納得できるものになってくる。教授は無神論者と言いながら、ちゃんと神と語り合う術を持っていたわけですが、今はそれに矛盾を感じるより安堵感を覚える方が大きいです。どんな形ででも自分の中で神と「決着をつけられる」人は現代社会ではとてつもなく「運のいい人」であるわけだし、少なくともその人は自ら「平和の破壊者」とはならないからです。そしてそんなピンポイントでも、そこに平安があるなら感謝したい、というのは、私に限らず今この世で生きている人の偽らざる気持ちなんではないでしょうか。


 今は、現実が映画よりも更に深刻になったおかげで、やっと現実が映画に追いついた、ような、そんな気がします。そうして年を経るごとにこの映画から組みだされるものがますます増えていく・・・10年経ったら又、見てみたい映画です。

 

|

« 「彰義隊後日譚」@め組 | トップページ | Colors »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/103190/11036998

この記事へのトラックバック一覧です: サクリファイス:

« 「彰義隊後日譚」@め組 | トップページ | Colors »