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2006年7月25日 (火)

勝手にしやがれ

010

今、このタイトルを見て思い浮かぶのは、先日オダギリジョー氏とのコラボCD製作発表のあった、新進気鋭のバンド名、でしょうか。ン十年前なら(笑)セックスピストルズの1stアルバムか、沢田研二の歌か、ということになるんですが。

ゴダール映画の流れで言うと、この後、これの次に撮られた「気狂いピエロ」を頂点として、監督の世界は破綻とも取れるエネルギッシュな爆発の連鎖が続き、scrap&buildという形による創造が数限りなく生み出されていきます。で、この「勝手にしやがれ」はその前段階、ですので、破綻に至るギリギリ一歩手前の所で踏みとどまり、きちんと形を成しているvv  そのため、実はゴダールらしくない、とおっしゃる向きも多いんですが、私自身はこれが一番好きです。

 実は私は当時映画を見るより先に沢田研二の歌を聞いていまして、何となく、この映画を下敷きにして出来た歌かな、と思ってたものですから、歌詞のようなやさしく可愛くウェットな伊達男が出てくるのかと、割と軽い気持ちで見たのを覚えています。ところが実際は、少なくともそれまでの私が見た事もなかったような、恋愛映画でした。
 だいたい、恋で一番甘く愉しいはずの所の描写が一切ない。この2人はバカンス先で知り合って5日間かりそめの恋を楽しむのですが、映画はそこはすっとばして(笑)再会する所から始まります。で、パリに戻った女性のほうは小気味良くきびきびと働くアメリカ人の学生で、そんなひと時の恋にいつまでもかまけている暇はない様子。ところが女と見ればゆすりたかりねだりを繰り返してきた本業自動車泥棒のジゴロのほうは(笑)どうもいつもと勝手が違う。このあっけらかんとした男が本気で彼女を好きになってしまった・・・らしい。つまり2人の向いている方向とその温度は、再会した瞬間から、全く知らない人同士以上に絶望的にかけ離れているわけです。ところが。

 別の男と一夜を過ごして朝帰りの彼女が部屋に着くと、男は我が物顔で彼女のベッドに潜りこんでいる。そこから始まる探りあいと駆け引きと本音とプライドと建前の錯綜。2人とも、言っている事としている事と考えている事がバラバラで、まるで両手に自動拳銃を持ってお互い思いつくままむちゃくちゃに撃ち合っているような惨状。その中には私だったら3回ぐらい「死んでいる」確かなヒットもあるんですが(^_^;)2人はかまわず踊るように噛み付くように、撃つ事そのものが目的であるかのように乱射し続けます。そしてその撃ち合いの向こう側で、思いと言葉と行いをはるかに越えて、強烈に2人が魅かれあっていくのが手に取るようにわかる。行きずりの恋から命を落とす恋へ。その一大転機は、こんなにも緊張感に満ちた、それこそいつ破綻してもおかしくない息の詰まるようなラブシーン、なんです。

その後2人はある事情で追われて逃げる事になります。モーツァルトのクラリネット協奏曲が緊張感をことさらにくっきりと際立たせる中(映画でのモーツァルトの楽曲の使われ方として、私はこれ以上正しく深い解釈を知りません)、二転三転する事態にも2人は少しも軸がブレず、運と偶然に翻弄されつつ流れるようにするりと幕は閉じられます。

恋愛映画には、これよりもっと仕組みも構成も凝った素晴しいものがたくさんあります。しかし映画の破綻すらおそれぬ構成と、それを形に仕上げる脚本と、それを撮りきる胆力を持った監督という組み合わせは、他の映画にはない特別な存在感をもって迫ってきます。そして信じられない事に、観客は確かにこの2人の恋に酔う、んです。うっとりと。甘く。せつない気持ちに胸かき乱されながら。

これはDVDでも普通に手に入りますし、レンタルもあります。しかしそれよりも、名画座あたりで、あるいはサークルや研究会が主催して上映されることの多い映画ですので、出来ましたら全身で監督に翻弄されるために(笑)大きなスクリーンで是非一度ごらん下さい。




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