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2006年7月

2006年7月29日 (土)

見たい映画・秋冬版

またまた覚書、ですが。

ローズ・イン・タイドランド(TFC)
恵比寿ガーデンシネマ 新宿武蔵野館

ユナイテッド93 "United 93" (Univ = UIP)  
8月 12日 みゆき座系

UDON  (東宝)  
8月 26日 東宝邦画系

弓 "The Bow" (東京テアトル、ハピネットピクチャーズ)  
晩夏 Bunkamuraル・シネマ

フラガール (シネカノン)  
9月 23日 シネカノン有楽町、アミューズCQN、シネマスクエアとうきゅう他

サラバンド "Saraband"  (シネフィル・イマジカ)  
初秋 ユーロスペース

イルマーレ "The Lake House" (ワーナーブラザース映画)  
9月 丸の内ピカデリー1系

紀子の食卓  (アルゴピクチャーズ)  
9月 K's cinema

サンキュー・スモーキング "thank You for Smoking"  (20世紀フォックス)  
10月 14日 シャンテシネ

ワールド・トレード・センター "World Trade Center" (Par = UIP)  
秋 日劇1系

カポーティ "Capote" (ソニーピクチャーズ)  
秋 シャンテシネ、恵比寿ガーデンシネマ

百年恋歌 "最好的時光 Three Times"  (プレノンアッシュ)  
秋 シネスイッチ銀座

クリムト "Klimt"  (メディアスーツ)  
秋 シネスイッチ銀座、Bunkamura ル・シネマ

エコール "Innocence"  (キネティック)  
秋 シネマライズ

キング 罪の王 "The King" (メディアスーツ)  
晩秋 アミューズCQN

長い散歩  (キネティック)  
晩秋 渋谷Q-AXシネマ

"In The Realms of The Unreal"  (角川ヘラルド)  
2006年 恵比寿ガーデンシネマ

武士の一分  (松竹)  
12月 1日 丸の内ピカデリー2系

マリー・アントワネット "Marie Antoinette"  (東宝東和、東北新社)  
新春第二弾 日劇3系

蒼き狼 地果て海尽きるまで  (松竹)  
3月 3日 丸の内ピカデリー1系



掛かる映画館にすっごく偏りがあるような気がしますが(笑)


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2006年7月28日 (金)

初アルバムvv

秋に、何とアルバムが出るそうです(*_*)
リンクから、予約が出来ますv


A (ヴォーカル盤)
# 商品番号: VICP-63589
# メディア: CD
# 組枚数: 1
# 発売日: 2006/10/04
# 価格: 1785円(税込)
「オダギリジョーによる作詞/作曲/ギター/ヴォーカル・・・。常にライフスタイルの一つとして自然体で音楽活動を続けてきたオダギリジョーの初アルバム。 2枚同時発売の「A(ヴォーカル盤)」。オダギリジョー本人出演中のDocomo(FOMA)富士通の携帯電話CF楽曲を初収録。ジャケットはオダギリジョー本人のヴィジュアルを使用した特殊パッケージを予定!!」

B (インスト盤)
# 商品番号: VICP-63590
# メディア: CD
# 組枚数: 1
# 発売日: 2006/10/04
# 価格: 1785円(税込)
「オダギリジョーによる作詞/作曲/ギター/ヴォーカル・・・。常にライフスタイルの一つとして自然体で音楽活動を続けてきたオダギリジョーの初アルバム。2枚同時発売の「B(インスト盤)」


ヴォーカル版のほうに、"I don't know"が入っている(らしい)のが、とてもとても嬉しいです。またiPodが手放せなくなりそう・・・あ、iTune配信はしないのかな?
ついこの間、ジョニー・デップが映画関連のインタビューで「小さい時何になりたかったか」と聞かれて「ギタリスト。今でも(活動はしないけど)プレイはするよ」と答えているのを聞いて、オダギリ氏の顔を思い出したばかりだったんですが(笑)


さて、明日はBOW30映画祭で見事一番人気に輝いた(よって最終日にも再映される)「デッド・マン」と「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を見に行きます。実はスクリーンで見るのはこれが初めて(^_^;)まるでデートかなんかのように今から緊張していますvv


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ゲームの規則

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「名物にうまいものなし」という俚諺はだいたいアタリだなぁと思う私ですが(笑)映画でも、名作・大作と呼ばれるものの中には必ずしもアタリではないものがあります。たとえば「この時代にココまで撮った凄さ」とか「~~を始めて採用した記念碑的作品」とかもっと単純に「~~で賞を取った」とかいう、いわゆる外側の理由で太鼓判押されているものの中には、正直、今スクリーンに掛けられている映画を押しのけるだけの力は持たないものもあります。でもその一方で、今ロードショーになってもお金払って見に行ける凄い「名作」もあります。
 この映画は、世界の映画批評家が10年に1回投票する「世界映画史上ベストテン」で、発表から50年以上を経て、10年毎に毎回順位を「上げて」来ているという怪物。1番直近の2002年には何と第3位まで登りつめて来ましたから、ただの昔懐かしい白黒映画ではないことがお分かりいただけると思います。
 ひとつ、たぶん観客の側が変わったなと思われるのは、公開当時はたいへんに破天荒ではちゃめちゃでわけがわからなかった(ので大幅カットされ公開は打ち切られフィルムも一度紛失した)とされているこの映画独特の表現が、今見ると、大変に生き生きとしてあざとさや芝居臭さのない、自然で明るくのびのびとした演技として、むしろ大歓迎される点です。今は演劇学校などでは、授業でよくこの映画を見せてもらえるらしいんですが、それまで学んだすべての技法をこの戦前の映画に一瞬にしてすべてひっくり返される、という意味で、かわいそうな役者の卵さんたちは訳わからなくなるらしいです(笑)。しかも一見何もしていない「かのように見える」実は物凄く凝りに凝った作品で、1番鍵となる人物を熱演しているのが、実は出演料に折り合いが付かなくて結局自分で出ることにした監督本人。ほんとうにド素人(大爆笑)。
 この監督は、何とアノ印象派の巨匠ルノワールの次男で、その半端でないこだわりが画面の上に溢れかえっていますが(それでお金が足りなくなって自分で出る事になった・笑)、それだけではなく中に出てくる役者に、「その場面に必要なある感情を取り出して魅せる演技」ではなく「常にその全人格を映像に映し出す演技」を要求し、それを映し出した監督の手腕に、私は心の底から敬意を表します。

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2006年7月27日 (木)

ラルジャン

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たいへんに地味な作品ですが、私が今まで一番多くの人に勧めてきた映画です。信仰にゆきづまったクリスチャンにも、クラスが荒れて息もつけない同僚にも、恋人の乱行に苦しむ友人にも、自分自身をもてあましている人にも、そしてもちろん映画を撮る側に関わるすべての人に、薦めてきました。「83分だからほんとに短い映画なんだけど」いつもそう言って薦めていたのですが、その「けど」の部分について今日も又深く考えさせられましたです。

 一番最近この映画のことを思い出したのは「横浜メリー」を見た時でした。あの映画をドキュメンタリーとして撮った監督は、頭の中で考えた話を俳優を連れて来て再現していっちょあがり、という類の映画が、映画館を一歩出たらどれだけ無力に費え去るものか、メリーさんを前にして思い知ったのだろうと思います。その人生に、その人となりに、その人との関わりに「意味を求め理由を探る」事がどれだけむなしいか。あの年若い監督が次に一歩踏み出せば、あるいはこのブレッソン監督に続く道を歩むかも知れないと、その時私は思ったんですね。
 意味を求め理由を探る・・・人は、一番大きな理由としてはまず危険を回避するために(笑)自分に関わる人々をなるべく理解しようと日々努めています。ですから他人の内側を見事解き明かしたゾという錯覚の中にむしろ積極的に安らぎを求めたがります。その行動に因果関係を求め統計を取り心理学を探求し占いをする。自分も含めて、人が何を考えているか、などという事をとことん考え詰めるとこちらの頭がおかしくなってしまいますから(笑)それはそのあたりで手を打つのが一番いいんですが、その時、それは結局「わからない」ということの裏返しであると、つい忘れてしまうんですね。安心していいんですが忘れてもいけない。忘れると「あの人の考えていることがわからない」などとという絶望的なループから出られなくなりますvvあの人もこの人ももともと全然わからない筈、なんですけどね。

 映画は、監督が何かに興味を持ちそれに触発されて、現実のどこか一部分をフィルムという形で恣意的に切り取り再生して「撮ろう」と思うわけです。何がしかのお金と時間と労力をかけ、そのフィルムに映っているものに自分なりの思いや考えを何か投影し表現しようと思う。映っているものにはどんな加工も出来るし、どんな都合のいい絵だって撮れる。他の媒体と違って時間的場所的制約ははるかに少ない。しかしだからこそ、特に人間を描く場合にそこに「意味を求め理由を探る」という落とし穴に陥りやすいんですよ。平たく言うと、監督自身が「わかったような顔をして」撮っているだけ、になりやすい。昨今の現実世界のニュースを見るまでもなく、人がした事というのはそこにどんな理由をくっつけても現実はすぐそれを追い越していくし、理由がわかったところでそれが他の人間を理解する参考になるかといったら、全然ならない。そうしたら、ただそういうのを、わかった気になって安心したいだけですゴメンナサイ、という謙虚さは(笑)人は心の片隅ででも決して忘れてはいけないと思うんですけれどね。他者の尊厳を尊重するという意味でも、です。

 その究極の形のひとつがこの映画だと、私は思っています。人には人はわからない。そこに一切の予断も期待も説明も結論も求めない。そのカ強い意志の下、映画ではただ人がいて、裏切られて、嘘をついて、犯罪者となって、理想に燃えて、人を殺して、人を助けて・・・いくだけです。でもそれが観客には「納得」できる。そこには不自然さも不合理もなく流れるような日常の中に、ただその人間はそのように生きている。そこで起きていることの非日常性すらも日常として切り出す俯瞰の目。それは監督自身の(インタビューでの)言葉を借りれば「正確さから来る力強さです。それは同じものへと回帰します。というのも正確さが力強さとなるからです。仕事に失敗する場合、私は正確ではありません。正確さは詩情でもあるのです」

 この映画はブレッソン監督の遺作となりましたが、次に予定されていた映画の題は実は「創世記」でした。映画のひとつの完成形として、監督の遺志を継ぐ若い才能の出現を、私は心待ちにしています。

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2006年7月26日 (水)

M:i:Ⅲ

324026view003 子供たちが今度学校の音楽会でこのメインテーマを演奏するという事で、只今クラス全員見に行っているはずですが(笑)、ⅠもⅡも見てない私も初めてその不可能な指令に挑戦してきましたvv 安心してはらはら出来るし、道具に凝るという主人公の職人気質が私好みで、結構楽しかったです。おかーさんの時は確か「スパイ大作戦」って言っていましたけどね~写真クリックすると盛大に音がする公式に飛びますのでご注意を。

今度「カポーティ」という、アノ小説家トルーマン・カポーティの生涯を映画化したものが日本でも公開されるのですが、今回そこで本人を演じる人が悪役、でした。まるでアンソニー・ホプキンスのような、何もしていなくても怖い上にも不気味な人(^_^;) トム・クルーズが単純明快だった分(笑)  こういう一筋縄ではいかない敵役にはうってつけ。そしてこういうタイプの役者さんに心底惚れこんでしまう私vv 敵の親玉のわりにはラストがあっさりしてたのが残念でしたが、これはカポーティも楽しみです。

そしてそして、いやぁ、イーサンはIMFにお勤めだったんですね~国際通貨基金(笑)
韓国が只今大量の貸付を受けているにもかかわらずスタグフレーションを起こしかかっていますから、職員さぞや頭イタいでしょう・・・この事態の収拾を図るのはまさしくMission Impossible!(こらこら)
あと、バチカンに穴あけちゃダメですよ~神罰が下りますよ、っていうか一箇所爆破したら会堂全体崩れ落ちても不思議はないような老朽建物vvカトリックも財政厳しいんですよね、いろいろと(笑) ・・・以上、まったく関係ないネタバレ、でしたvv

それにしても今のお子様は素晴しいです。出だしの2拍が3/4拍子で、すぐ2/4に取って代わり、また3/4に戻る・・・を繰り返すあたり、オヤジに歌わせるとただのシンコペーションぐらいにしか考えていないのがよーくわかるんですが(それこそ不可能な指令・笑)、子供はどの子もおそろしくちゃんと拍が取れているんですよね。一学期末の段階でもクラス全員拍だけはぴったり合っていた由。秋が楽しみです。

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デッドマンズ・チェスト

323917view001 子供と一緒に先日見てきましたv
去年の1st見ていなくて、ほんというとTDLの「カリブの海賊」も乗ったことないんで(笑)それで言うのも何なんですが、面白かったです。


プログラムにも書いてありましたが、これ、海賊版スターウォーズなんですね~そうとわかればうちの家族は、どんなに気持ち悪いクリーチャーが出てきても、難波花月にも引けをとらないベタベタハリウッドギャグが満載でも(笑)全然OKvvそしてそういう系を期待してる方には太鼓判でお薦めできる映画でした。
まぁ比べると、ハン・ソロとジャック・スパロウはほぼ互角でも、ルークとウィル・ターナーという時点で勝負あった、っていう感じですけどね(笑)いや、だって、今をときめくオーランド・ブルームですからね。私はこの人をまだ時代コスでしか見た事ないんですが(^_^;)本当にどこにいても王子様な人で、その悪びれないすっくとしたキャラの立ち方が爽快でますます大好きになりました。

 それと各所インタビューでジョニー・デップ自身が一番気に入っている、と言っているシーン、「エリザベスがジャックを涙ながらに人身御供にするところ」は私も思わず唸っちゃいましたよ。そのすべてを呑みこんだ上での慈愛に満ちた優しい瞳の中に宿る、すがりつく子犬のようなせつなさと悲しさと諦めと・・・この万感胸に迫るジャックは、さすがジョニー・デップ、としか言いようがなかった。只の痛快アドベンチャーでは終わらせない、人の心の水底までも覗かせる一瞬。これを見られだけでも、行って良かったと、本当に思いました。

 あと、ご覧になっていると「さまよえるオランダ人」というオペラが多分何度も頭の内を行き来すると思いますが、そっちの話は全っ然伏線になってないです(笑) 第三作にはジャックのパパとしてキース・ジャレット本人が確定しているそうですがv でもそのパパが断末魔の難破船の前にあらわれる展開にもたぶんなりませんのでご安心を(笑)。



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2006年7月25日 (火)

勝手にしやがれ

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今、このタイトルを見て思い浮かぶのは、先日オダギリジョー氏とのコラボCD製作発表のあった、新進気鋭のバンド名、でしょうか。ン十年前なら(笑)セックスピストルズの1stアルバムか、沢田研二の歌か、ということになるんですが。

ゴダール映画の流れで言うと、この後、これの次に撮られた「気狂いピエロ」を頂点として、監督の世界は破綻とも取れるエネルギッシュな爆発の連鎖が続き、scrap&buildという形による創造が数限りなく生み出されていきます。で、この「勝手にしやがれ」はその前段階、ですので、破綻に至るギリギリ一歩手前の所で踏みとどまり、きちんと形を成しているvv  そのため、実はゴダールらしくない、とおっしゃる向きも多いんですが、私自身はこれが一番好きです。

 実は私は当時映画を見るより先に沢田研二の歌を聞いていまして、何となく、この映画を下敷きにして出来た歌かな、と思ってたものですから、歌詞のようなやさしく可愛くウェットな伊達男が出てくるのかと、割と軽い気持ちで見たのを覚えています。ところが実際は、少なくともそれまでの私が見た事もなかったような、恋愛映画でした。
 だいたい、恋で一番甘く愉しいはずの所の描写が一切ない。この2人はバカンス先で知り合って5日間かりそめの恋を楽しむのですが、映画はそこはすっとばして(笑)再会する所から始まります。で、パリに戻った女性のほうは小気味良くきびきびと働くアメリカ人の学生で、そんなひと時の恋にいつまでもかまけている暇はない様子。ところが女と見ればゆすりたかりねだりを繰り返してきた本業自動車泥棒のジゴロのほうは(笑)どうもいつもと勝手が違う。このあっけらかんとした男が本気で彼女を好きになってしまった・・・らしい。つまり2人の向いている方向とその温度は、再会した瞬間から、全く知らない人同士以上に絶望的にかけ離れているわけです。ところが。

 別の男と一夜を過ごして朝帰りの彼女が部屋に着くと、男は我が物顔で彼女のベッドに潜りこんでいる。そこから始まる探りあいと駆け引きと本音とプライドと建前の錯綜。2人とも、言っている事としている事と考えている事がバラバラで、まるで両手に自動拳銃を持ってお互い思いつくままむちゃくちゃに撃ち合っているような惨状。その中には私だったら3回ぐらい「死んでいる」確かなヒットもあるんですが(^_^;)2人はかまわず踊るように噛み付くように、撃つ事そのものが目的であるかのように乱射し続けます。そしてその撃ち合いの向こう側で、思いと言葉と行いをはるかに越えて、強烈に2人が魅かれあっていくのが手に取るようにわかる。行きずりの恋から命を落とす恋へ。その一大転機は、こんなにも緊張感に満ちた、それこそいつ破綻してもおかしくない息の詰まるようなラブシーン、なんです。

その後2人はある事情で追われて逃げる事になります。モーツァルトのクラリネット協奏曲が緊張感をことさらにくっきりと際立たせる中(映画でのモーツァルトの楽曲の使われ方として、私はこれ以上正しく深い解釈を知りません)、二転三転する事態にも2人は少しも軸がブレず、運と偶然に翻弄されつつ流れるようにするりと幕は閉じられます。

恋愛映画には、これよりもっと仕組みも構成も凝った素晴しいものがたくさんあります。しかし映画の破綻すらおそれぬ構成と、それを形に仕上げる脚本と、それを撮りきる胆力を持った監督という組み合わせは、他の映画にはない特別な存在感をもって迫ってきます。そして信じられない事に、観客は確かにこの2人の恋に酔う、んです。うっとりと。甘く。せつない気持ちに胸かき乱されながら。

これはDVDでも普通に手に入りますし、レンタルもあります。しかしそれよりも、名画座あたりで、あるいはサークルや研究会が主催して上映されることの多い映画ですので、出来ましたら全身で監督に翻弄されるために(笑)大きなスクリーンで是非一度ごらん下さい。




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2006年7月24日 (月)

ミツバチのささやき

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かわいい~~~~っっっ(笑)
もう、本当に可愛くて可愛くてどうしようという愛らしさの、主人公ですvv
今はもう無くなっちゃったんですが、以前、日本のロードショーには掛からない海外の秀作ばかり選んで公開してくれる映画館が六本木にありまして。今の岩波ホールよりはもう少し商業ベースでしたが、それでも映画初心者の私には「手強い作品がかかるオトナの映画館」でして。で、そこで、最初に大好きになって憑かれたように何度も通いつめるという経験をしたのが、この映画でした。だって本当に可愛いんですよ~ホントに!

今考えてもこの映画は私の人生の一つの転機、でした。少女だけが持つ無垢な力強さ、無償の愛という形になって現れるその美しさ、ある意味人間の一番崇高で観念的な部分を体現できる、女性の人生のホンのひと時に対するいとおしさ・・・を、自分の感情として感得できたのがとても大きかったです。その頃はいわゆる女性の社会進出が盛んで、女性というカテゴリを飛ばして「人間」という捉え方に流れる風潮がありましたので、若い私にとって、自分の中の女性というものを性として肯定的に見つめることも出来たのはとても有難かった。それに今で言うところのアブナいおにーさんたちが少女に対して抱く幻想も、程度の差はあれ「誰もが抱く思い」である事も、自分を通して理解できました。後年出てくるいわゆる宮崎アニメが、少女達の持つ「この世を切り開く正しい力」に祈りにも似た期待をかけるのも、我が事のように共感できました。彼女達なら出来る、と。 
・・・まぁこの辺から私のオヤジ属性は始まったのかもしれませんが(笑)「自分を知り他人を知る」ために必要な鍵、想像力とsympathyをまたひとつ与えられた、という意味で、本当に得がたい経験でした。

あと有名な話ですからここにも書いていいと思いますが、この映画は往年の名作、初代の(笑)「フランケンシュタイン」が重要な登場人物となって出てきます。そこで賛否が分かれてた・・・ように記憶しているんですが、元フィルムも挿入されているし、ファンは必見vv です。

 


映画祭で見せてもらったものは残念ながらうちにあるDVDより更に劣化が進んでいたのですが(^_^;)、ニュープリント、期待していますvv

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2006年7月22日 (土)

エル・スール

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この映画祭の中では、2日間がビクトル・エリセに当てられていて、8回あるうちの6回が「ミツバチのささやき」、2回がこの「エル・スール」ですから、皆さんに待たれていたのはミツバチ、の方なんでしょうか。どちらの作品もDVDは既に絶版、オークション価格は15000円前後、レンタルなし、劇場公開なし、という、これを逃すと正直次いつ見られるかという稀品ですから、客席は前回にもましてタイヘンでしたよ。この写真クリックすると公式に書いてありますが、実は今回の映画祭に際して、シャンテ側はニュープリントを用意しようとしていたらしいです。結局公開日には間に合わなかったのですが、作っているなら新しいDVDも出る、でしょうか。期待していますvv

 そして私は寡作なエリセ監督作品の中で、これが一番好きです。本当に、映像が美しい。何度見ても、一つ一つのカットに、文字通り見惚れてしまいます。非常に精緻で繊細に作り込まれた画の数々。しかもそれが流れるような躍動感と息遣いに満ちていて、映画でなければ撮れない美しさとはこういうものかと、ただただため息です。その「まるでフェルメールの絵が動き出したかのような」とよく言われる静かなたたずまいに、ひっそりと寄り添うように、お話は少しずつ少しずつ、深く沈められていきます。少女の成長と共に、まるでパラフィン紙が一つ一つはがされていくように、家族の思いが、父の思いが、父の秘密が、明らかになっていきます。そしてそんなにも微細な動きでありながら、うねりは確かに誰にも止められず、死は偶然でも厭世でもなく、必然となり自然となって、目の前にはらりと落ちてくるのです。叙情という景色の裏に隠されていた生命の重さと厳粛が、ひたひたと自分の身の内に満ちてくるのがわかります。そしてそれさえもが美しい。この映画を見ている時、自分の心に浮かんで来るものをどうあらわしていいか未だにわかりませんが、確かに「それ」が映画と呼応して、映画の世界を創り出しているんです。そしてそれを私の内に映し出しているのも,まぎれもなく監督。2本同時上映。そんな映画を私は他に知りません。

父と娘の心の交流の細やかさがこの映画の核となるところですが、いつのまにか以前より一歩引いた所から眺めている自分がいて、その端正な美しさに見とれながら、その事を少しだけさびしくも感じたのでした。


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2006年7月21日 (金)

はなればなれに

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 これは、家にDVDがあります。っていうか、盤面擦り切れるほど繰り返し見ています(笑)。どうしてかというと、好きとか、感動したとかいうこと以前に、これより後に製作された映画を見ていて、この映画がぱっぱっとフラッシュバックのように思い出される事がとても多いんですよ。で、その度に確かめるから擦り切れる(笑)。この写真をクリックすると、公認vvオマージュ作品の名前がたくさん出てきますが、それ以外にも、喚起される作品はたくさんあります。でしかも、決してパクッたとか似てるとかいうのではなく「あ、この監督もアレ見たんだ~」という妙にドキドキする連帯感が味わえる・・・まぁぶっちゃけ、それだけはちゃめちゃな(笑)映画なので。

 形式としては、時効警察に似ていなくもないです。つまり「強盗をする」という外枠だけがほぼ決まっていて、後は小ネタが数限りなくぎっしり詰め込まれている、という形式。ただ、追求しているものが全然違います。時効警察が求めていたのがfun なら、こちらはintresting の方の「面白さ」の追求。製作側に立つ人なら、これほど製作欲を刺激される作品はないんだと思います。観客は度外視です。ゴダールですから(笑)。しかしなぜかどうでもいいような細部の細部までが強烈なインパクトをもっていて、忘れられなくなります。ですからこれを見た事のある人との間では、暗号が成立します(笑)。オープンカーのフロントガラスにつかまって立ち上がろうとした途端「座んなさい、アルトゥール!」と私を叱ったオジサマもいました。会話に詰まって「今から一分間黙る!」と言いながら自分の耳を塞いでみせた律儀なお兄ちゃんもいました。いずれも「見たの?!」と言ってあとは思い出し笑いの連続vv 見ておくと後で必ず「あ。」と思うことがあると思いますのでお勧め・・・っていうか知らない人はいない位な作品ですけどねvv日本の監督だと、私は鈴木清順監督の作品を見ている時に、思い出す事が多いです。監督のゴダール好きは、かの「ルパン三世」でもよく引き合いに出されていますけど、ゴダールの中では一風変わっているこれも、監督たぶん見てたんじゃないかなぁ・・・と勝手に想像してますです。

それと最後に。
40年前に出来たこの映画の中では、すでにルワンダの虐殺も現代人の病的孤独も、まるで言い古された出来事のように扱われています。その先見の明に驚愕するよりも、この間何の進展もなかった私たちに驚愕、するべきなんでしょうね。たぶん。

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ピアノ・レッスン

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先週の土曜から始まっております「BOW30映画祭」。おかげさまで幸せな映画漬の日々を堪能しております。
一応2004年には全作品DVDになっているのですが、DVDそのものがレンタルになっていない、入手困難、というものもありまして、連日補助椅子出動する盛況ぶりです・・・これ見て、もう一回DVD出してくれないでしょうかね。紀伊国屋書店さん。写真から、映画祭の公式該当ページに飛びますので、役者名などはそちらでご確認下さい。

さて、ピアノレッスン。
私の映画への入り口は、実は音楽でした。今ではそれは筋違いだというのはわかっていますが、もともと音楽を聴く事がとても好きだったので、音の良さに導かれるようにして見るようになった映画が多いんです。もっと前ならミュージカル映画全盛、だったんですが、私が「聴いた」映画は、なぜかこのフランス映画社のものが多かったです。で、この映画は、まさにそのピアノの音が凄かった。役者が本当に自分でピアノを弾いているんですが、ピアニストを生業としている人には到底出せない、逸脱した音の連続、とでも言いますか。かきむしられるような狂気と背中を焼かれるような熱が封じ込められ、しかもそれを知りながら解くすべを持たないもどかしくも稚拙な指・・・から流れ出る音は、そのまま、心の響きあわない夫と共に音楽の象徴する「世界」から隔絶された、主人公そのもの、でした。それは、当時の私にとってはどんな素晴しい演技よりも心に直接突き刺さる「表現」でした。その閉塞感に、二、三日、夢でうなされたのも良く覚えています。たぶん、程度ははるかに低いながら、私も自分のもどかしくも稚拙な「指」をもてあましていたからだろうと思います。この映画の感想でも、あの「演奏」が忘れられない、というのをいくつも読みました。

 それと、これを最初見た時感じた母性に対する「違和感」が、年を経てきれいに消えてなくなっていたのが今回一番印象的でした。当時の私は結婚すらまだでしたから、母親という役割を課せられている人の中に、女が居て、音楽家がいて、つまり「彼女」というものが居て、という輻輳的な存在が、頭ではわかっても、どうしても具体的に想像できなかったんですよ。でも今ならガンガンわかりますねvvむしろ自分の中に鬼が居る事に快哉を叫んでこその母なのだという、すべてに対して体当たりの真っ向勝負を挑み続ける彼女に、とてもとても共感しました。

 音楽の神は、才能と引き換えにすべてを要求する厳しい神です。人間の側は注意しないと、そこに共依存に近い犠牲的精神を強いられることになります。彼女も、平たく言えば人生を見据える支えを失ってピアノに逃げていた。しかもそういう熱と献身を、実は音楽は非常に喜ぶので、ついには自分がピアノ「でしか」なくなってしまう・・・その彼女がいくつもの岐路に立たされその度に決断を下し、ひとつひとつ人生を取り戻していった時、最後に、まさに彼女に依存していたピアノが怒る。そこで共に奈落の底に沈んでしまうのも人生、自らもやいを断ち切って海上に浮かび上がるのも人生、ですが。
 「そんなに音楽が大事か」と問われて「音楽も大事だから」と悠然と応えられる人だけが対等に音楽の神と渡り合えるのだろうと、私は思っています。

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2006年7月20日 (木)

「山椒魚」公開記念イベント詳細

News続きますね。

『パビリオン山椒魚』公開記念。 スペシャル“トーク&ライブ”。
2006年9月2日(土)。 開場 18:00。 開演 19:00。
場所 代官山 UNIT
   前売券¥4,000(税込)。 当日券¥4,500(税込)。
   全席立見。 ドリンク代は別
出演者  菊地成孔  冨永昌敬監督。 川勝正幸  万波麻希 ほか。
      第一部
      トークセッション
     「Making of the music for The Pavillion “Salamandre”」
            菊地成孔  冨永昌敬  川勝正幸。
      第二部   ライブ 
           菊地成孔  feat.万波麻希

チケット販売開始  2006年7月23日(日)
             チケットぴあ 0570-02-9999
            イープラス  ローソンチケット 0570-000-777
             CNプレイガイド 0570-08-9999
             エキサイトチケット  チケットナビ 
主催   東京テアトル  スタイルジャム MUSIC ON! TV 
協賛  East Works Entertainment Inc. P-VINE RECORDS 
運営・お問い合わせは   ホットスタッフ・プロモーション 03-5720-9999

だそうです。
これ以上のことは書いてありませんが(笑)
一応公式はここ。

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2006年7月18日 (火)

「パビリオン山椒魚」初日決定

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いつのまにかこんな可愛いバナーまで出来ていまして。

「パピリオン山椒魚」

9月16日(土)  シネセゾン渋谷  公開決定だそうです!!(拍手)

この色合い、老舗の洋菓子みたいでいいですね。
バナーにリンク張るのも久しぶりです(笑)



前回書いたポッドキャスト、実は菊池さんの音楽すっごくよかったので
映像と共に音楽配信も期待してるんですけど、まだかな~vv

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2006年7月13日 (木)

資料を引き当てるために

 この間から中世カトリック史についての分冊をちまちまと訳しております。今回私と組んでくれたのは中世史専攻の史学科の学生さんで、英語が堪能なので助かっています(^_^;)よくある話で、彼はそのかわりキリスト教全般、だいたいお手上げです。何がわからないかも本人自身がわからない。わからないと言うことをわかるためにある程度の知識がまず必要なんです。こういう時教えるのは神学でも教会史でもなく、カトリックならまず典礼です。どんな宗教でもそうだと思いますが、その特殊な思想世界を形作っているのは結局特別な用語の山、なのであり、その祈祷文の言い回しや出てくる物の名前を覚える事が、山に分け入る一番簡単な糸口なのです。私たちは神学書を書くわけではありませんからなおさら、意匠に忠実であることが重要です。
 そうしてまず大体必要な用語の1/10ぐらいが頭に入る。で、実はそこから先が難しい。いきなり専門書になるわけですが、専門書って要するに各学者が恣意的に解釈を施すからこそ存在意義があり議論が発展していくわけなので、どんな本でも必ずどちらかに振り子が振れている(今までの説をなぞっていては書く意味がない)。当然全く同じ資料の読み解き方も扱いの仕方もバラバラ。それを何冊も読んで「これはこのセンセの妄想部分」「これはこの説を採用した時の共通理解」という風により分けながら頭に叩き込んでいかないと、いわゆる「偏った訳」になっちゃうんですよ。どちらかの陣営に少しでも傾くと、あとで鬼の首でもとったようにクレームが殺到する(笑)。何が中庸なのか、をわかるのは実は結構大変なことなんです。
 で、さらに、そのための資料を引き当てるために検索をする。繰り返しますが知識を引き出すにはこちらにも相応の知識がないと、引き出しの取っ手が何なのかすらわからないんですよ。で、今回典礼を咀嚼した彼に「引き出しの取っ手」として私が次に渡したのは実はマンガ、でした。「修道士ファルコ」と「サラディンの日」。ついでに「キングダム・オブ・ヘヴン」のDVDも(笑)。 この3つには、そうした専門書を何十冊も読んだからこその「中庸」が細心の注意を払って描かれ、書かれています。用語の使い方も的確です。これならば、その言葉の用例を目で見た背景と共に具体的に覚えられます。この「具体的」「的確」というのが大事で、これを手がかりにすれば検索の範囲をあまりブレずに素直に広げていく事が出来ます。ここまで来たら、あとは1人で気の済むまで調べものに没頭して大丈夫です。

 そして、この何十冊もの本を読み合わせ編み上げていく緻密さに関しては、青池保子氏はたぶん歴史小説家以上だと思います。小説はある意味専門書の集大成ではありますが、ぶっちゃけ調べの及んでいない所、自分の史観に合わない所は書き落とせる。でも青池さんは、服を着せたら服の模様を描かないわけにはいかない。騎士に懺悔させようと思っても、絵を間違うと懺悔しなくて良くなってしまうわけです。それに小説だと、ディテールにこだわると全体の流れや心理描写に支障が出る事がありますけど、マンガは調べれば調べるだけ、描きこめば描きこむだけ絵が良くなるんですね。青池さんは真っ正直にどんな些細な描写でも物凄いこだわりを持って丹念に調べてる・・・のが、絵を見てわかるし、その世界に詳しくなればなるほど学術的裏が取れてきて仰天します。むしろ専門的になればなるほど頼りになるかも。

 

こういう意味での「一級価値の資料」は最近では本当にマンガの方が素晴しいです。中古文学専攻の学生に必携なのは、いまや岩波の「大系」や学燈社の「必携」ではなく「あさきゆめみし」なのかもしれませんvv




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2006年7月10日 (月)

「ゆれる」初日舞台挨拶動画

G060715l 当日は2回、舞台挨拶があって、2度めがプレス向け、ネット配信されているものです。この日は西川監督がお誕生日という事で、花束贈呈などありました。DLしにくい方はこちらをどうぞ。
goo動画  Yahoo!動画

チケットのために並んでいた複数の人で確認したのですが、実は前日夕方4時過ぎごろ、ご本人がこの髪型でサングラスして、供も連れずに明治通りをスタスタ歩いてやってきまして(^_^;) ええぃっあの右あごのほくろが目に入らぬかぁっ・・・って道行く人は全然気づいてないみたいでしたよ。もっとヘンな服着てたらみんなわかったのかな(殴)すうっと建物の中に入っていきました。

で、一同あのカリアゲのカモフラージュの仕方にとってもとっても感心したのでした。



 

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2006年7月 9日 (日)

準優勝!

 昨日は「ゆれる」の初日、でした。でしたのですが(^_^;)、実は愚息のサッカーの試合、でもありました。東京はこの6月、本当に土日ばかり雨が降って、試合の日程がどの会場でもおせおせだったのです。で、昨日の土曜が予選リーグ2日目、日曜1日で決勝トーナメントというWFもびっくりの強行スケジュールとなり。うちは決勝出場はかろうじて決まっていたのですが、土曜に決まる順位次第では決勝一回戦がつらい・・・土曜日、映画見終わった皆さんが口々に感想を述べ合う高揚感にあふれたロビーの隅っこで、必死で携帯掛けていた馬鹿者は私です。ゴメンナサイ。
 結果。私が行かなかったおかげで?負け続けていた強豪相手に土曜日は初めて引き分け(^_^;)。今日は朝から連続三試合でしたがみなさんよく頑張って、この代では初めての表題の快挙を成し遂げました。ちなみに前後の代はとっくに優勝してるんですが(^_^;)まぁ、まずはめでたい事ですvvそして。この子達が幼稚園の年中さんの時、あの衝撃のクウガが始まったのを最近とみに(笑)思い出しては感慨にふけっておりますが。そりゃゴダイ君もキリシューになりますよねぇ・・・・足が痛くて帰り道泣いてたお子ちゃまが20分ハーフを走り抜いちゃうんですから。

 そして更に更に、鬼母そのもののコメントですけど。映画本当に良かったんですよ(号泣)。しかも、各社のニュースにも出てますけど、やっぱり舞台挨拶も含めて、ご覧になった方の書いたものは、その場で理解しようと自分から耳傾けているだけあって、微妙なニュアンスが本当にちゃんと誤解なく伝わってきます。確かに、特に某御方は誤解されやすい言い回しをしてしまうこともあるようですが(文節が長いぞ ^_^;)、それは、例えばその場でニュアンスまできちんと感じ取ったファンが今回のように協力して、少しずつでも本来の意味を伝えていくのもアリ、なんではないかと思うんですね。私事ですが、私はこの2月、横浜映画祭の裏でお手伝いしていた時、表で起きていた事を丁寧に書きとめて下さっていた方がいて、それが本当に嬉しかった。それ以前なんて更に、子供中心の日々ですから、目の前を過ぎ去るニュースをただ眺めるしか無かったですしね。そしてその時は、それをその場で見られた人をうらやましく思う以前に、それを撮影し録音することすら許されていながら面白おかしさだけを追求し報道する人たちに対して、ある種の怒りをおぼえていましたね。発言の当事者はもちろん自分まで愚弄されているような不快感。「そんな事言うはずがない、この言葉はそんな風には受け取れない」もちろんファンの欲目と言われればそれまでですが、でも、でも、今回だってアルジャジーラより大事な事、言ってましたですよ、絶対(笑)

・・・というわけで、私のン回目のお誕生日の夜は、とても人様には言えないような場所で(^_^;)気持ちの良い夜風に吹かれながら、そんな事をのんびりと語り合い、話し合い、過ぎていったのでした。


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2006年7月 7日 (金)

「ゆれる」インタビュー

A000110700Yahoo!で、ビックリバーに引き続き、

インタビュー動画が出ていました。こちら

記事に起こしたものはこちら


舞台挨拶以降、新たに話した「現場で香川さんが引っ張ってた話」とか「一番印象に残ったシーン」とか網羅的に書いてあります。これで雑誌買わなくてもいいか(笑)。

そして、この映画のプレスコンセプトはREDなんですね、オダギリ氏vv


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2006年7月 4日 (火)

転々

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藤田宜永作。この写真の本は文庫ですが、うちには初版本があります。奥付を見たら1999年4月30日となっていました。
藤田氏は奥様が小池真理子氏で、世に出るのも直木賞を受賞したのも奥様のほうが先でしたので、そのことで一時話題になった事がありました。小池さんの受賞は1995年。この作品の頃はまだ奥様のほうが時代の寵児としてご活躍でした。私も当時、藤田氏は単に好きな作家の一人、でしかなかったです。頭でっかちに先走るタイプの抒情詩人、といった感じで、まだその粗さばかりが目に付きました。

それがどうしてこの本だけ手元にあるかというと、この話に限っては、どうも虚実織り交ぜるうちの「実」の部分が多かったらしい。それで、氏の作品の中では比較的事実関係に無理が無く、ディテールや設定に引っかかる事無く読み通す事が出来たんですね。(唖然とするようなミスもまだたくさんありますが)。で、作品として読んでいくと、珍しく主人公以外にもう一人、心を配って書いている人がいます。それがこれ以降藤田氏の作品にさまざまに形を変えて出てくる「中年オヤジ」の原型。私は当時俳優の山崎努さんが大好きで、つまりはオヤジスキーで(笑)、まだオヤジが「かっこいい」小説はあまりなかったので、この本の中に出てくる福原という「天国と地獄を同時に見ているような」目をした四十七歳の男に本当に惚れこんでました。読みながら山崎さんを当てていくと、その怒声と色香と破壊力と寂寥が、ステロタイプで無味乾燥な描写の間から文字通り匂い立ってくるようで、本当に愉しかった。昨日ひさしぶりに読み返して、今の山崎氏だとちょっと油が抜けかけているか、と思いつつも、まだまだ佐藤浩市ではカワイソウだし、ほかの役者さんでは悪品が足りなさすぎるし、やっぱり最後は山崎さんを当てて読んでましたね。連れとなる学生さんは、今なら加瀬さん、でしょうか。ちょい悪オヤジをはるかに通り越したダメダメオヤジですが、オヤジスキーにはたまらない「死なず消え去る老兵の生き様」を堪能できます。もしご興味のある方は是非どうぞ。

そして知り合いのある方が、ネットに出ている情報を確認して下さった所によると、本当にこの作品の映画化は決まっているそうです。スケジュール調整がつき次第(秋ごろ?)撮り始めるとかで、主演オダギリジョーもまずもう動かないらしい・・・なんか、ちょっと、びっくりなんですが、詳しくは、公式等で発表になるまでお待ち下さい。そして企画をなさった方、オダギリ氏に話を持ち込んだ方は、ひょっとしてひょっとすると初版本の表紙さし絵を見て、インスパイアされたのかもしれません・・・こちら(笑)↓



スクラップヘヴンその後?


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2006年7月 1日 (土)

SPURとELLE

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引き続き「ゆれる」関係で。こちらは西川監督とオダギリジョーの対談です。その中でオダギリ氏は一昨年出た、フランクザッパの没後10年記念アルバム「グレッガリー・ペッカリー」 を挙げているんですが。そっかーオダギリ氏はジョナサン・ストックハマーを知らないんだーと、おばさんは感慨無量でしたよ(^_^;)これがザッパとのコラボ3枚目、本人ももともとロックギタリストで、現代音楽指揮者の中では人気実力兼ね備えた、ちょっと変わってますが一応有名人なんですけどね。いわゆるボーダーレスプレイヤーです。ピアノで言えばグレン・グールド、クラシックの指揮者で言えばアンドレ・プレヴィンみたいなタイプ。そしてこのCDは、ザッパって難しい、よくわかんない、と言う人には超オススメの、聞きやすいアレンジが特徴なんですが、リリース当時「こんなのザッパじゃない!」と物議をかもしたのも記憶に新しい所(ちなみにクラシック、ではないです・笑)。彼のディスコグラフィにもそういうわけでこのCDは入っていません・・・(笑)前2作は『エヴリシング・イズ・ヒーリング・ナイスリー』 『ザ・イエロー・シャーク』 物足りなかった方は、是非。

B000g1rxjy01そしてこちらは、カンヌ特集に続く形での単独インタビュー。
他にない受け答えがすごく新鮮ですが。圧巻は。
「最近の僕はコメディ俳優って認識なんですかね?(笑)」
って、えっと、そうなんですか?(大笑)
いや、そんな事笑って言われても~~~(^_^;)
インタビュアーもフォローに困ってるぢゃないですか(笑)


でも、そんな事を言いつつも。
「(他人から見た自分とのギャップは)どうでもいい。(親や友人など)近い場所にいる人には自分を真剣に見せたい」とも語っていまして、それが、何だかとてもとても頼もしく、地に足が付いた感じがして、嬉しかったのでした。。。


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