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2006年6月 9日 (金)

花よりもなほ

「花よりもなほ」見てきました。公式サイトはこちら

たいへんな意欲作。大ヒツト作に化ける可能性もあったかもしれない映画でした。全編通して佳品かというとそうでない部分があるのが悔やまれますが、浅野忠信、キム兄両氏は本当に映画史に残る名演でした。

 先に褒めるほうから行きます。この映画は「あだ討ち」が最大の関心事であった、江戸史上大変特異な数年間に時代を絞り、さらにそこに「あだ討ちよりも大切なもの」というありえない主題を放り込んで、「武士の一分」について考えさせるという趣向です。日本人の生死観に実は今も滔々と息づくこの「義に縛られた死」というものを描くのに、これほど正面切った正攻法の手段があったんだと、最初聞いた時正直度肝を抜かれました。同時に「赦す」と言うメンタリティーも「生きる」という概念もない時代に、どうやって「形」にしてそれを捻じ込むのか、公開前から興味津々でした。まずこの、映画ならではの企画構成に心からの賛辞を送りたいと思います。
 そうしてその企画の意図を見事に理解していたのが、浅野忠信、でした。浅野さんは、脚本家、スタッフ、監督から頭ひとつ抜きん出て「あだ討ちよりも大切なもの」がわかっていた。是枝監督は、現場で見た浅野さんを「怪物のようだった」と雑誌のインタビューで応えていましたが、それが何故「怪物」に見えたか、そこでもっと考えて欲しかった。本来なら、それがこの映画全体の大きさである筈でした。この映画は怪物になりえた。でもそれがわかっていたのは浅野さんだけだった、という事です。「義」の名の下に放置された、他人に認められるだけ「でしか」ない死の無意味さと、生に対する生きる者の傲慢さと、押しつぶされた者の不条理な「抹殺」の輪廻と。私はこれから、朝「人身事故」で電車が止まったというニュースを聞くたびに、きっとあの、浅野忠信の、深い深い一礼を、「日本人の心の闇」を見事に切りほどき、怒りと悲しみをすべて受けとめ送り流したあの一礼を、すがる思いで、思い出すんだろうと思います。そういう、生身の人間を越えた渾身の力と光明が、この映画には深々と打ち込まれていました。

 で、そこまで浅野さんが演じきってしまったので、逆に脚本の、言葉の「浅さ」が露悪的に開陳されて、それで一番割を食ったのが宮沢りえさんでした。あ~んな学芸会みたいなせりふ、いったいどう言えばよかったんでしょうね。役者の力量に頼るにも限度と言うものがあるでしょう。あだ討ちをやめると言う事が何故「くそを餅に変える」事になるのか。この有史以来様々な宗教・哲学において繰り返されて来た命題の深さに途中で怖気づいたか、或いは単純に本読んでいなくて語彙が貧弱だったか、とにかくせりふは中途半端に投げ出され、どうしようもなく言葉足らずで終わってしまっています。浅野忠信の体現する映画の主題を、映画の側から表現する、いわば一番肝となるシーンの筈だったんですが、そこがぼやけるので、ただの「高尚なお笑い映画」に成り下がってしまいました。まぁ、ちゃんと大爆笑できますから(笑)それでいいんですけれど。

 もうひとつ、割を食っていたのは香川さんと加瀬さんでした。このお2人にはこの役は、役のほうが不足でした。鶏を割くに焉くんぞ牛刀を用いんや、と言う感じ。このお2人は立っているだけでその役に込められた「人間性」を三重にも四重にも内包して「見せる」事が出来る名優ですが、この映画の中で必要とされたのは結局一重だけだった。ので、正直、無駄な含みが出来てしまってすっきりしなかったんですよ。そのせいで話の軸もぶれてしまうし。それなら、特に加瀬さんの役は、ファンだから言うわけではないですが、もっと直球ストレートに悪役の(笑)オダギリジョーの方が全然よかった。同じ一重なら、特化された役をもっと先鋭的に掘り下げ膨らませる技術と演技力を持った人の方が、わかりやすいし面白かったのに、と思います・・・この映画のキム兄のように。

 最後になりましたが、忠臣蔵は歌舞伎を引き合いに出すまでもなく、オタクやマニアや歴史愛好家がゴマンといて、そのおかげで当時手習いの時手本としていた変体仮名の変遷や筆や半紙の形態の研究に代表されるような、元禄期以降出現した庶民の意匠との事細かな区別、選別が相当の範囲まで出来ていて、この2年に限って(笑)かなり詳細なところまでわかっています。そこまでいかなくても、「小野寺」「寺坂」と言う名を聞いて「あ゛あ゛~」と思う人なら、ダヴィンチ・コード並に突っ込み所満載、かもしれません(汗)。でも最初書いたようにこの映画は、時代劇という枠の中にモノスゴイものを放り込もうとしているたいへんな意欲作、いわば場を借りたファンタジーなので、そのあたりはゆるゆるとお楽しみいただければと思います。

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