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2006年6月25日 (日)

黒澤×青山対談

只今、渋谷のシネマヴェーラ渋谷というとこで
<黒沢清による“絶対に成熟しない”KUROSAWA映画まつり>
というのをやっていまして
土日を中心に、監督とゲストによるトークショーもあり
昨日は、アノ青山真治監督と黒澤清監督の対談でした。
先週は西島秀俊さんで、これも参観日でなければ行きたかったのですが、今日もとにかく立ち見が出るほどの大盛況でした。

青山監督は、長く黒澤監督のもとで助監督をなさっていて
今日はお2人ともが良く知っている俳優さんのお話に終始していました。黒澤監督から「ネットとかに書いちゃだめですよ!」と緘口令が出ましたので(笑)詳細は割愛しますv いや、お仕事上知りえた話ばかりな上に、あんまりにも個人情報満載でしたので、私も聞いた端から忘れることにしました(笑)
俎上に上ったのは、役所公司さん、浅野忠信さん、柄本明さん、光石研さん、洞口依子さん(会場にいらしていました)、宮崎あおいさん、豊川悦司さん、西嶋秀俊さん、小泉今日子さん、藤竜也さんで
青山監督の言葉を借りれば「役者さんで『いいひと』じゃない人なんか、いないんじゃないか」と思うほど(笑)皆さん、現場では本当に人格者なんだそうです。
その中でも、常に何かをたくらんでいる人あり、同年代だと思っていたのにいつの間にか自分より若返っていく人あり、映像で魅せるその強烈なオーラを普段は完璧に「消し去る」事の出来る人あり、「この人以外は尊敬しない」とまで後輩に惚れ込まれている人あり、現場では常に一人で自分の世界を守り続ける人あり、役者以前に人間としての存在感で他を圧倒する人あり、で、監督という仕事を通して見た、というより、一歩引いて知り合いの目線で(笑)語られるその役者像が、とても鋭いと思ったし、面白かったです。

 それと、昨日私はちょっと頑張って、「黒澤監督の作品のひとつ」という視点で「アカルイミライ」を突き放して最後まで見通してみたのですが・・・やはり他の作品に比べると、手練れ感が薄く、監督の中で映画の置かれている場所もだいぶ遠い感じがしました。対談を聞いていてわかったのですが、監督は基本的に実体験の昇華という形で映画を撮る由、それで行くと、たぶん「アカルイミライ」は監督が初めて撮った「知らない世界」なんだろうと思います。観ていると、自分を代弁する存在を出さずに、まるっきり俳優自身の体験に語らせることに「決めていた」節がある。監督は、藤さんの世代にも浅野さんの世代にも笹野さんの世代にも、もちろんオダギリ氏やはなわ氏の世代にも疎く、しかし描きたいのはまさにその世代間の相克、というわけで、そこでたぶん一種のドキュメンタリーのように、勘所を役者に丸投げして撮った、んだろうと思うんですね。藤さんや浅野さんは、その期待されているところの意味が、よくわかっていたのだろうと思います。そしてこの作品が良くも悪くも「わかりやすさ」を持っているのも、ひょっとするとそのあたりから来ているのかもしれません。
 

 さらに言うと、というかその仮定に立って映画の構成から逆算して観ると、おそらくオダギリ氏はこの映画には、もっとキレた鼻持ちならない混沌とした人格を内包している役者として期待され、呼ばれたんだろうと思います。で、今のオダギリ氏ならそういう「演技」もさらりとこなすと思いますが、当時役者生命をコレに賭けていたオダギリ氏は、どうしても上で言っている「いいひと」という枠から踏み出せなかった。初対面の監督に、何よりもまず自分の本来の姿「いいひと」の部分をわかってもらう必要があるので、映画の中でも「いいひとが演じるキレた青年」以上には踏み込んでいけなかった。で、監督が雑誌で応えている通り、オダギリ氏は見事監督に「いいひと」として認識されたわけですが。さてそこで監督はどうしたか。(ここからが大事なんですが)多分監督は途中からあきらめたかそこに積極的な意味を見出したか、オダギリ氏に、それなら、とばかりに「いい青年」としての役割をフる事にしたんですね。つまりもともと丸投げするつもりではあったものを、さらに突き進めて話そのものをずらしてしまった。映画評ではオダギリ氏演ずる雄二の成長の記録、みたいな事がよく書かれますが、その、監督の他の作品に真っ向勝負を挑むような(笑)アンチテーゼがここで出現せざるを得なかったのは、こんな事情があった、のかもしれない、と今日、遠くから見て初めて感得したのでした。

 「いい人」を演らせてもらっているオダギリ氏、今よりはずっと素直に(笑)水を得た魚のような安心感と自信を若々しく体いっぱいに漲らせて、そのよさをあますところなく存分に発揮しています。そして簡単なようでいて、実はそれこそが誰もが欲して止まない「場の主」となるのに必要な天賦の才なのであり、それがあるからこそ、この人がバイプレイヤーだけで終わるはずがない、と私は信じている・・・んですけれどね。

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