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2006年5月 3日 (水)

夜よ、こんにちは

Flr「夜よ、こんにちは」(以前リストアップしてたときの名前は"Buongiorno Notte")見てきました。公式サイトはこちら。以下タイヘンなネタバレですのでご注意下さい。






1978年イタリアのモロ元首相の誘拐暗殺事件を題材にした映画です。70年代のご多聞にもれず「赤い旅団」というテロリスト集団が共産主義革命を望んで起こした実際の事件。しかし酔いが高じると「インターナショナル」を高歌放吟するオジサンたちがノスタルジーから作った映画かと思いきや、これがたいへんに面白い語り口の映画でした。ある意味、この種の映画の造り方そのものに一石を投じたといえると思います。それを映画にする事で製作者は何が伝え得るのか、映画ならではの視点とは何なのか。今、映画を撮る事を学んでいる人たちには、映画の基本であり到達点のひとつを示すものとして、特に見てほしい一本だと思いました。

 実際に起こった事件ですし、映画の中に出てくる当時のニュース映像に私も見覚えがあるくらいですから、見ている人には経過も結末も知れ渡っています。しかもこのテロリストが出現して以来今日に至るまで、イタリアの政局は対立構図が混迷を極めていますから、EU加盟国にとっては足元の火種であり、他人事ではありません。
 ただし、起こった事実は知っていてもその真実は誰にもわかりません。事件をただ時系列に並べるのが報道ですが、映画は事実の向こう側にある真実を、さまざまな手段を用いてあぶりだす事ができるのです。
 例えば、私がとても心突き動かされたのは、主人公の女性が、親戚の集まりで野外のテーブルを囲んでいる所。日本でもそういう集まりではのど自慢なおじさんが一曲ご披露したりしますが、そこでもイタリアのふつーのおじさんが乞われていい声を披露します。ところが歌いだすのが「風が吹いている(原題:Fischia il vento)」という有名なパルチザンの歌なんですよ(メロディーが「カチューシャの唄」)。イタリアでパルチザンというのはWWⅡの時、特に降伏後、ドイツからイタリアを守った自警団的組織なんですが、そんなかつての地下組織の抵抗運動の唄を、親戚のおばさんも熱を込めて楽しそうに歌うし、通りすがりの花嫁さんまで抵抗なく歌の輪に参加します。つまりこのパルチザンの伝統は、中世のギルド乱立の時代から培われた「いい為政者には従う、悪い為政者は追い出す」ごく健康的な精神風土の延長線上にあるものであって、日本やロシアのふってわいたような観念的「革命」とはひと味もふた味も違うんですよ。それが、このお座敷宴会芸の余興のようにして歌われる(笑)歌から、ひしひしと伝わってくる。このパルチザンは、やがてイタリア人同士が憎みあい敵対する結果を生みます。テロリストに呼びかける政府高官の演説の中でもそれはふれられていて「『赤い旅団』は国民同士が争ってきた伝統的抵抗集団とは違う。単なるテロリストで同調の余地はない」と断罪しています。でもそのことから逆に、彼らのような過激派が労働者に期待する「連帯感」があぶりだされてきます。手段こそ違え彼らの「革命」の主張は必ず大衆に受入れられる、と思わせるだけのイタリア独特の事情が、そこにあった。このFischia il ventoを聞いた途端観客は、それを理屈ではなく全身で納得できるんですよ。そしてそこを丁寧に描く事こそが、映画でしか許されない「事実から真実をひきずり出す」方法のひとつ。この映画はこの難しい大切なポイントで見事に成功しています。

 他にも主人公の女性の揺れ動く心のうちが具体的なショットとなって差し込まれています。それは実は「事実を越えて」皆が心の底から願っていた事の具体的なビジョン、です。事実とはかけ離れたそのショットをはさむことで、観客の願いが掬い上げられる。あるいはその映像によって観客は、自分が望んでいたものの形を目にする。するとこれが、単なる異国の首相殺人事件では終わらなくなるんですね。自分の思いは「夢」でしかありえないと形にして見せられて初めて、映画館の外の「現実」の重さがわかる。その彼我の距離の遠さを思い「ああ、本当にこうだったら良いのに」と思うその一瞬、涙が出ます。そしてそれこそが、テロリストの女性の、当時のイタリア国民の、そして今紛争のさなかにある人たちの偽らざる気持ちであり、真実であるのです。映画でしか描きえない、事件の核心であり真実です。

久々に「見ておいてよかった」と思えた映画でした。単館公開でDVDも出るかどうかわからないのですが、もしご覧になる機会がありましたら、一見の価値はあると思います。

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