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2006年5月24日 (水)

ヨコハマメリー

Yokohamamery_1 「ヨコハマメリー」見てきました。公式サイトはこちら

今年初めてのドキュメンタリー映画です。この「ハマのメリーさん」と呼ばれていた方を題材にした本や小説や写真集やお芝居はずいぶんあるのですが、その、どれでメリーさんを知った人にも、是非見て頂きたい衝撃の一本でした。



まず驚いたのは、これがちゃんとした「映画」になっていた事。ぶっちゃけ、「在りし日のメリーさん」を知っている人たちが写真にかぶせてコメントをする、だけの映画なんですが、その語る人たち一人一人が全員「物語」になって写っているんですよ。それが時の持つ凄さなのかメリーさんの凄さなのか。・・・メリーさんを語る言葉には、もちろんその人の来し方がぶ厚く色を乗せていますが。さらにそこに、その人と時を同じくしてメリーさんを見たであろう多くの市井の人の好奇のまなざし、耳そばだててひそひそつぶやくその声までもがはっきりと掬い出されています。生身の人間なのに、誰一人として生々しくない。それぞれが何かを表す物凄く「抽象的な映像」として映画の中に出てきている。ドキュメンタリーなのに。驚愕。

・・・そのメリーさんを語る人たち自身も凄かった。この映画が日の目を見る5年の間に、映画出演者のうち3人が物故者となっている(最初にクレジットが出ます)んですが、半分は噂で作り上げられたメリーさんの「実像」を、皆さん「自分の体験」という光でさまざまな角度から照らし浮かび上がらせて下さっていました。私が何より「見てよかった」と思ったのは、ある有名な舞踊家が語ってくれた「メリーさん」。その方の奥さんのやっていたドラッグストアの店先に、ある日メリーさんが来たそうなんですが。メリーさんがとても気に入った香水瓶があって、それを見つめるメリーさんの様子に、その「モノをいつくしむ」様子に、舞踊家氏はいたく感銘を受けたそうなんですね。で、映像の前でその様子をやって見せてくれたのですが。私はそれを見た人がこの舞踊家氏で本当によかった、と思いました。「こう・・・・・・やってね、見ているんですよ」と言ってして見せてくれたその仕草。今までどんなに書いて描いて演じて写されても伝説の向こう側の人でしかなかった「メリーさん」が、その瞬間、「生身の女性」としてそこに座り込んでいました。彼女がどんな価値観を持ちどんな教養を持ちどんな意思を秘めて生きていた人なのか、その一瞬にすべて現れていました。やっとわかった、やっと会えた、私はそんな気が、しました。

 そうして更に更に驚くのが、観客の頭の中にやっと「在りし日のメリーさん」の像が結ばれた頃、最後に何と「今のメリーさん」が登場するんです。いくらドキュメンタリーといってもそれは・・・と及び腰になる観客を尻目にカメラはどんどん回ります。そして・・・私は自分の想像力の卑小さを心の底から恥じましたね。私の頭の中にいた「在りし日のメリーさん」は、今のメリーさんにまったく歯が立たなかった。考えられますか?その生身の人間は、人の頭の中で散々修正され美化された映像をはるかに凌駕する壮絶な「美しさ」だったんですよ。そして私はその一瞬、脚本書いて人呼んできてフィルムを回して「形にする」事のくだらなさを、ダーンと目の前にたたきつけられた、ような気が、しました。もちろんご本人も周りの人も絶対そんな事は考えていないと思うのですが。これをドキュメンタリーにした監督は、たぶん、打ちのめされた(笑)からこの形にしたのだろうと思います・・・・

 松竹が買っていますから、かなり上映粘ると思いますvv もし見る機会がありましたら是非どうぞ。




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