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2006年5月

2006年5月31日 (水)

嫌われ松子の一生

Cast01「嫌われ松子の一生」見てきました。公式サイトはこちら




 公開前から評判高くて、TVで流れるBGMも超弩級、出演者も実力者揃いとあって、今日昼間見に行ったのですが立ち見でした(笑)でも、恥ずかしながら途中から涙が止まらなくなったので、立って見てて良かったかも・・・

 この映画のスゴイところを一言で言うと、公式にある監督のコメント「欠点だらけでダメな人ほど魅力的。こういう毒のあるストーリーの映画が、単館系ではなくメジャー系で上映されるようにしたい」に尽きると思います。この、まるで昔の仁侠映画のような容赦のないヒサンな話を、「映画の力」を結集し、一大ミュージカル・エンターティメント、娯楽大作に仕立てているところが何より凄いんですよ。中島監督、結構年イッている筈なんですが、若い極上の直球ストレートなミュージシャンを狙い過たずスパッと連れて来るし、女性特有の「脳内の現実」をCG区駆使してカッキリと現実の映像として取り出してみせる。その、映画を見に来る観客が身に纏っている「今」を「嗅ぎ分ける力」が凄い。映画の先にある「観客の持つ世界」に入り込む力が図抜けているんですよ。だからエンターティメントになりうるんですね。映画監督やっていたのではこういう映画は撮れないだろう(笑)というくらい、観客の感性を的確に感じ取りそこにゆだねる懐の大きさを持った監督さん、小気味良いですv

 しかしこれだけ徹底してエンターティメントだと、、見てる方は大船に乗っていられますが(笑)演じている人は文字通り地獄のようだったと思います。今映画を見ている人の頭の中の映像はぶっちゃけ文字ではなく漫画ですから、現実を絵の中で美しく昇華するのは、実は一番親しんできた「逃がし方」なんですよ。そこに気づいて人間でありながらシンボルとなり、生々しさをかき消してまるでアニメのように「美しく」・・・させた監督は凄いですし、なりきった出演者の皆様は、いわば普段の演技とは真逆のスタンスを取らなければいけなかったわけですが、でも見事に「映像化した存在」になってましたよ。凄いです。そして中谷さんも含め、どの人も寸分たがわぬ完成度の高い「存在」になってましたが、伊勢谷さんはもう、本当に圧巻でした。たぶんこの「存在」は私の頭から、これから先ずっと離れないと思います・・・

 各所でこれから絶賛の嵐になると思うので、褒めるのはこのくらいにしてここから先は私事にからんだつぶやきを(^_^;)
 えー、私が教員だった頃、先輩女性教員に「松子」先生が何人かいました。たちの悪いヒモが付いていたり、親や生徒とのカンケイから足が洗えなかったり、夜のバイトをしていたり、アイドルの追っかけをしていたり、生活に押しつぶされそうになっていたり・・・だから今日は見ていてちょっと本当につらかった。程度の差こそあれ、あっという間に「共依存」関係にずぶずぶとハマっていく、深いコンプレックスを抱えた人を、私は「嫌われ松子」の周りにいる人と同じように、遠巻きに見ていることしか出来なかった。しかも、自分にもそういう暗い部分があるのを知りながら、ああはなりたくない、とさえ思ってた。私と違って彼女達は、少なくとも先生としてはすごく頭のいい、気配りに長けた「いい先生」たちだったのに。
 たぶん、女性は人生のごく早い段階で「いい子なだけではダメ」という現実に突き当たるのでしょう。本人の努力とは無関係なところで品定めされる不条理なら、幼稚園児だってわかっています。だから夢の世界で遊ぶわけです。ところがその現実がつらすぎて、無意識のうちに現実を無視し「いい子」に夢を見続ける人もいるわけで・・・残酷な夢、だと思います。映画は、そんな心理学的社会学的病理など吹っ飛ばして(笑)ただ「松子にとっての真実」を披露していくだけですが、その脳内からこれでもか、これでもかと取り出されてくる「お花畑」が本当に美しくて、その美しさに、私はただただ涙がとまらなかったです。

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「パピリオン山椒魚」

Chirashi_f_1試写会で、拝見してきました。公式サイトはこちら







 「ビッグリバー」の公開初日に行った映画館で、たまたまその日からこの映画の「予告編」を流していまして。その予告が物凄くよく計算されつくした緻密なショットの連続で、しかも内容がいかにも馬鹿馬鹿しそうだったので(笑)、久しぶりに期待に胸躍らせながら見に行きました。すっっっっごい面白かったですvv
試写会の舞台挨拶で、出演者の皆さんがさんざんオドしていますが、構えて見に行くと拍子抜けすると思います。謎に満ちた公式ブログも誰かさんの放送禁止用語もvいったん全部頭から外して素で見て下さい。何も考えずに画面指差して笑って楽しめるラブコメです。最近「時効警察」見ていたので頭がゆる~くなってたんですが、これは以前からある本来の速度(笑)。それもハリウッドやワーナークラスではなく、まさしく「花やしき」速度vv その心地よさに、監督の計算が光ってます。その中では破綻や不条理すらも意匠のひとつでしかなく、よくある「おもちゃ箱ひっくり返したようなドタバタ」に比べると、むしろたいへんに知的に洗練された映画でした。
 あづきちゃん役の香椎由宇さんと、菊池成孔さんの音楽が、この監督のもつ知的な部分を一身に受け止めて、映画全体を下から押し上げている・・・とすれば、その上で暴れまわっているのがオダギリジョーでした(笑)雑誌の写真をご覧になった方はお分かりだと思うんですが、物凄く振れ幅の大きい役、なんですよ。役の中でもシーンごとにあらゆる面を表に出してこなくてはならない。見ながら、他に誰ならこの役に「成れる」だろうと考えていましたが、やはり今、飛島芳一になれるのはオダギリジョーしかいないでしょう。この人でないとできない役です。「ゆれる」にオダギリ氏の演技力の「高さ」が出ているとすれば、「山椒魚」にはその「広さ」が出ている。富士山みたいに裾野が広い(笑)。私からすれば、こちらも同じくオダギリ20代の総決算、という感じです。

 試写会挨拶の菊池さんのファンへのメッセージは当たっているカモしれないのですが(^_^;)、構えず広くふつーの方々に大いにお薦めしたい映画です。予告の期待を裏切らないです。



余談:結果オーライ、なんですが、この脚本は元はもっと「突き抜けてトンデモナイ話」だったのではないかと思われるフシが多々あります。それを何が何でも撮りきるたとえば清順監督のような胆力は、まだこの監督にはないのかもしれませんし、もっと外側の理由で「小さくまとまってしまった」のかもしれません。そのあたりはよくわかりませんが、この監督は、ドタバタの、大騒ぎの、はるか彼方に、ひっそりとした知性を感じさせるものがあると思います。次回作、そちらにも期待します。

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「パビリオン山椒魚」舞台挨拶

5/30(火)夜9時すぎにシネセゾン渋谷で行われた「パビリオン山椒魚」完成披露試写会に行ってまいりました。
今日はサッカーの記事や、私も大好きな今村監督の記事でネットがいっぱい、どこかに写真が出てくれないかと祈るような気持ちなんですが、小次郎さんの所に今上がっているイラストと、同じ髪型、同じ黒の三つ釦ロングジャケットスーツ着ていました。とても顔がくつろいでいて、いつになく雰囲気が柔らかくて、受け答えもいい人そうな感じがして(笑)、嬉しかったです。

舞台向かって左から、杉山彦々さん(司会)、冨永監督、オダギリ氏、香椎由宇さん、キタキマユさん、斎藤陽一郎さん、津田寛治さん、菊池成孔さんの順に並んで、順番に、一言ずつお話下さいました。
杉:「(登壇する順番に名前を紹介した後)それでは皆さんに一言ずつ頂戴したいと思います。まず監督の冨永さん」
冨:「えーと、今日は完成披露試写会、ということで、えー・・・完成しましたので見て下さい。宜しくお願いします」
オ:「オダギリです。えーっと・・・そうですね、とってもキチガイな映画ができたと(笑)思います。是非楽しんでいって下さい」
香:「えーと・・・・とっても説明のしづらい映画なんですが(笑)すごく楽しめると思うので、是非楽しんでいって下さい」
キ:「皆さんそれぞれ登場人物がとってもヘンテコリンな感じで(笑)そのあたりがいい感じなので、楽しんでいって下さい」
杉:「すいません、携帯電話での撮影は固くお断りいたします。宜しくお願いします」
斉:「こんばんは。えーとキチガイみたいとかヘンテコリンとかありましたけれど、本当にそういう映画です(笑)。ぼくはあの、試写で今まで一回見たんですけれども、あの、噛めば噛むほど味が出る、するめの様な、っていう表現をよく使いますけれども、まったく、まぁそういう映画です。でどこかこう非常にイカ臭い、という・・・あ、男性若干笑ってくれましたね。有難うございました。楽しんでいって下さい」
津:「殺人犯役をやらせていただいた津田寛治です。えーともちろん斉藤さんみたいに、華麗に見た感想とか言いたいんですけれど、今日まだ見ていないんですよ(笑)。今日もあの、見に来たんですね(笑)で見に来てるんだけど、「舞台挨拶だ、立ってくれ」って言われてここに立っているんだけど、見たらこれもう席なくなってますね~(笑)なので今日はあの、皆さんと一緒に後ろのほうの立っている人と一緒に立ち見でですね、まあー泣いたり笑ったり、ちと泣ける映画だといううわさも聞いていますんで、ハンカチもちと忘れずに用意して見ようと思います」
菊:「どうも。あの、音楽をやりました菊池と申します。ま、今日は作品ができたということで、すごく楽しみにしてるんですけれど、え、主題歌僕が書いたんですけれど、皆さん、あの、気が違ってるとか何とか言ってますが、何の何の、ホントに気が違っています(笑)え、宜しくお願いします。お楽しみ下さい」
杉:「それではご自分の役についてとか、あと富永監督の印象について一言ずついただければと思います。」
オ:「まず、キャストが面白かった、面白かったっていうか、麻生祐未さんとか、高田純次さんとかが出てるっていうのは、やはり脚本の面白さであり、キャストの皆さんが面白がって参加してくれるっていうのは、脚本の力、だと思いますね。うん。内容については、次の方以降、お話してくださると思いますので、回します(笑)」
香:「私は説明できないと思うので、もうひとつの監督の印象について話しますが、現場というより初めて会った時に、ひとっ言もしゃべらなかったんですよ。」
冨:「え、しゃべりましたよ~最低限の連絡事項だけ伝えただけですけど」
香:「っていうか、会話にならなかった、んで」
冨:「・・・ヘンな奴だと思ってるでしょ」
香:「思ってないですよ~(笑)」
キ:「私も、とても変わった役でよくわからなかったんですが。監督も、あまりお話していただけなくて。」
冨:「あ、ヘンな奴だと思った」
キ:「・・・やなやつだ、ぐらいには思いました(笑)」
斉:「そうですね、つかみ所のない監督さんだと思いましたね、僕も」
津:「僕「亀虫」っていう映画をどこかで見せていただいて、それがすごく面白くて、で、それは、そこにいる彦々くんが主演で出てたんで、彦々君にお願いして、監督に会わせてもらったんですよ。そしたら次出てみませんかみたいな話になって。でスケジュールガンガン空けてたら、なかなか撮影に入れなかった、んですよね。まぁ出来てみたらもう冨永ワールド炸裂っていう感じで。ええ、楽しんで下さい」
菊:「監督はですね、最初ジャズ喫茶の店員として知り合ったんですよ。で、今度撮る時音楽お願いします、っていうそこだけ決まっていて。で、まだ全部できていないうちから2人で、あ、監督がうちに来るんですよね(笑)、それで2人で相談しながら音をつけていきました。今回は全部監督の指示でやりましたよ。あと映画なんですが、たとえばオダギリさんや香椎さんのファンがうっとりするようなものを求めて見に来ると、非常に不愉快な(笑)思いを抱えて帰ることになると思うんですが、そういう、不快感、不条理感を楽しむ映画だと思います。甘いトラウマっていうか、そういうものが感じられるんじゃないかなと思います。」
杉:「では最後に監督にお願いします・。」
冨:「とっても・・・楽しい現場で、3週間ぐらいで撮ったんですが、終わるのが惜しいような感じでした。いろんな事ありましたしね・・・ソーエン部とか(隣でオダギリ氏吹き出す)」
杉:「え、なんすかそれ」
冨:「装演(注・すみません字がわかりません)・・・・えーと、なんていったらいいのかな、動いてない・・・」
オ:「動かないものを、動いているように見せるために動かすんですよ。で、それ僕もやってたんです。後ろで(笑)」
冨:「そうそう、手で動かすんだ。いろいろ」
オ:「僕、最後の一覧みたいなとこに名前入ってましたもんね。装演部、ってとこに(笑)」
冨:「そう、皆に混じってしっかり入ってる(注:エンドロールでは確認できませんでした・漢字だったのかな)」
オ:「あと僕「ヨーイ、スタート」ってのも、やってましたからね(笑) 助監督でもあったんですね(笑)」
杉:「(笑)・・・映画についてはどうですか」
冨:「えーとね、前半と後半に、割とはっきり分かれるんですよ。ここっていう栞みたいのは入っていませんが、ガラって雰囲気変わる。まあ、一本で二本分楽しめる映画になっているかなという事で、どうぞ宜しくお願いします。」

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2006年5月29日 (月)

「下妻物語」カンヌJr.受賞

元記事はこちら

【カンヌ27日】第59回カンヌ国際映画祭と同時進行で行われている若者向け映画を対象にしたカンヌJr.フェスティバルのコンペ部門受賞作が27日、発表され、女優、深田恭子(23)と土屋アンナ(22)がW主演した映画「下妻物語」(中島哲也監督)がグランプリを受賞した。  同コンペのグランプリは邦画初。今年は8作品がノミネートされ、10歳から18歳の10人の学生審査員全員一致での受賞となった。中島監督は「ロココのおひざ元であるフランスで全会一致でグランプリに選ばれたことは、大変光栄です」と喜びのコメント。映画は6月14日から仏で邦画過去最大規模となる約100館で上映されることが決定している。 (サンケイスポーツ) - 5月29日8時2分更新 (___は私がつけました)

 この映画が公開された時、実は凄く可愛い桃子Dollがタイアップ販売されてまして、私はそちらに目を奪われていたのですが。その限定販売の嵐が落ち着いた頃、映画を見に行ってとてもびっくりしたのを覚えています・・・面白かった。物凄くマニアな主題の、それまでだったらごく一部の映画館でひっそりと公開されていたような「フツーの人は見向きもしない話」が、見た人みんなを惹きつけて離さない、大ヒツト映画になっていた。「単館系ロードショー映画」とでも言うべきか。しばらく見ない間に映画が凄い事になってる、とその時私は強烈に引きつけられました・・・そしてその後しばらく何本か見て、それはやっぱり錯覚だった、っていうか中島監督が一人で気を吐いていただけだったんだということがよくわかりましたが。

 映画賞を取った映画が、全然ヒットしない時代が続いています。賞取ったから、って見に行くと、緻密さに欠けているせいでむやみに難解だったり、監督の自己満足になっていたり、映像の実験に終わってたりして、その1800円を稼ぎ出すための観客の汗に、全然応えてくれない場合が多いです。そして面白いことが恥ずかしいかのような、薄っぺらな「ええかっこしい」でその映画を持ち上げる人たち。いい映画で、ヒットしないものも確かにありますが、でも、だからといって「売れない映画がいい映画だ」というのもマチガイだと思うんですよね。その二つは決して二律背反するものではない。中島監督というヒトは、それが本当によくわかっている監督だと思います。
 だいたい、観客はそこまで馬鹿じゃないですよ。エグい主題でも哲学的な内容でも、それを「表現」するという抽象的な作業に、たとえばきちんとした想像力と確固とした創造性さえ付加されていれば、それは多くのヒトの心に間違いなく届きます。有り体に言って、自分に対してしか広がっていかない想像力や、過去の栄光の「轍を踏む」ような創造性では、「何かを伝える」事はできない、と思うんですよね。「わかってもらえるヒトにだけわかってもらえればいい」という、ミューズの神にだけ顔を向けた、ある種傲慢な姿勢が、果たしてどれだけの「珠玉の作品」を生み出してきたのか。

 「歌舞伎」は、簡単に言ってしまえば毎度おなじみのパターンばかりが繰り返される、手垢にまみれた大衆演劇です。でもそれだけ徹底的に観客のほうを向いていながらも、実は今の近代演劇では描ききれないような深い主題を扱っている。体の骨格はもちろんのこと、せりふから仕草から声色まで指定されている筈の役者の「それぞれの持ち味」が、同じ芝居を千変万化させ、それを醍醐味として受け止める客がいる。

 映画と観客の関係も、これから、もっと良くなっていく筈だ、と私は思っています。映画はここ5~6年で本当に観客の目が肥えてきつつあります。シネコンやロードショーに背を向ける前に、もっと「観客の目」を意識した作品が増えるといいと思います・・・単館映画館でしかかからない映画がずっと大好きだった私にとって、単館映画館でしか「かけられない」映画が増えてきた事は、本当にむなしく、つまらないことですので。


 

 

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2006年5月28日 (日)

「ビッグリバー」舞台挨拶(2)

2回目の舞台挨拶。これはプレスが入りましたので、既にネットニュースになっています。記事と、私の駄文に違うところが多々ありますが、それはもちろん記事のほうが正しいので(囲み取材記事も入っている模様)、先に、巷間「今までで一番かっこよかった」といわれる今回のオダギリ氏の雄姿とともに、是非記事で事実をお確かめ下さい(CINEMA TOPICS



監・「えー、船橋です。えー、9.11以降、アメリカの社会はいろいろ変ってきたんですけれども、移民から見た社会の変化ということで作った映画です。「ビックリバー」という題ですけれども、これはアメリカが、そういった人種が多く流れこみ一つになって流れていくということをあらわしていています。どうぞ宜しくお願い致します。」
O・「オダギリです。今日はアメリカの方からマイケル・ジャクソンが来ていまして(笑)、「嫌われ松子の一生」も公開という、そういうイベントの多い日に、この「ビッグリバー」も初日を迎えました。マイケル・ジャクソンは裁判以降、人前に姿を現すのが日本が始めてということで、マスコミ各社もたいへんだと思いますけれども(笑)、こちらも負けないくらい、元気ハツラツで(笑)頑張りたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。」
司・「有難うございます。それではまず監督に、この映画に込められた思いというものをうかがいたいのですが」
監・「そうですね・・・「シリアナ」とか「クラッシュ」とか、人種問題を描いた映画が出てきていますが、やはり短絡的に描けるものではない。日常接しているムスリムの人、アフガンの友達、イスラムの彼女・・・まぁ彼女はいないですが(笑)それを白人の側のレベルで論じたところで限界があるわけで、それを同じ目線で、彼らの目線で描く、そういう映画があってもいいんではないかと思いました。そして、この映画ではそういう人々の姿を描いていくなかで、決して政治的な意味合いを持たせたくなかった。僕は自分の肌で感じたことをみなさんにも感じて欲しいんです。映画の現場でも、イスラムのカビィやアメリカ人のクロエ、スタッフもそれぞれとても国際的だったんですが、そういう中での共同作業を通して、得るものは大きかったと思います。」
司・「オダギリさんから見て、共演者の方々の印象は」
O・「カビィは、現場に普段からいいムードを作ってくれるような人でした。面白いおじさんで、現場でもいつも笑わせるようなことをして、ベテランだからこそ出来るひっぱり方、でしたね。クロエは、映像の仕事がこれが初めてで、僕もアメリカの仕事が初めてで、初めて同士緊張しながらもだんだん打ち解けていきましたね。彼女は、とても気を使ってやさしく接してくれていました」
司・「英語の面でもアメリカの役者として指導してくれたりとか、うかがってますけれども」
O・「えーと・・・・実は、そんなには指導はしてくれなかったんですよね~(場内爆笑)自分のことで考えても、もし僕が外人の方と組んで、日本語で芝居をやるとなっても、相手の言葉を直したりはしないですもんね。それもその人の持ち味ですから。どちらかというとスタッフの方が教えてくれましたかね。えーと、ケアロ・・・なんでしたっけ、監督。スクリプターの」
監・「キアロハね。」
O・「そうそうキアロハさん。2日目からスクリプターという(笑)」
監・「ハワイ系の人なんだよね。で(司会者の方を向いて)最初いた女性のスクリプターが、撮影2日目にして逃げちゃったんですよ。
それで急遽・・・」
O・「小道具さん・・・かなんかでしたよね」
監・「そうそう、小道具係」
O・「それが一気にスクリプターに昇格!みたいな(笑)」
監・「そうだったんだよね~なんとなく、頼んじゃった(笑)」
O・「(笑)・・・彼女はいっしょに写真も撮ることが苦手なくらい、女性的な面も持っていましたね。若いけどしっかりしていました。で、この人に教えてもらって、とても勉強になりました。トーンのつけ方とか、せりふの、ここじゃなくここを強めに言ったほうがいいとか。撮影に入る前にはキアロハさんに10~20分講義してもらってそれで入る、みたいな感じで、それがとても貴重な時間でした。」
司・「では今日ここにいるにあたって、一番感謝しているのは・・・」
O・「キアロハさんのおかげですね(きっぱり)」
司・「それも出会いの大切さというか・・・」
O・「出会いって大事です。本当に(深く頷いてみせる)」(笑)
司・「監督にお聞きしますが、この「ビッグリバー」という題にはどういった意味が込められているんでしょうか」
監・「いくつかあってですね。ひとつは、アメリカという国は移民がたくさんやって来て国になっている。それが支流が集まって大きな川になるような感じに見えたんですね。そういった、アメリカの移民経済の現場といったものを描きたかった。もうひとつは、このアリゾナのモリアット・バレーは広大で豊かな大自然、なんですけれども、水がないんです。その「水が欲しい、潤いがない」ところで「ビックリバー」という映画を撮る事で、逆に何か感じることが出来るのではないかと思いまして。」
司・「オダギリさんにお聞きしますが、留学なさっていたそうですが、その経験は生かされましたか」
O・「もちろん(ちょっと顔色が変わる)」
司・「えーと、それはどんな風に・・・」
O・「どんな風にって・・・」
司・「あ、えーと、留学なさっていた時と比べてどう変わったかとか(^_^;)」
O・「どこが、ですか」
司・「えー、オダギリさんの中で何か感じ方が変わったとか(大汗)」
O・「(ここでやっと答える気になって真面目に考え始める)うーん、そうですね・・・・留学していた時は僕が結構引いていましたね。アメリカもアメリカ人も嫌いでしたし。でも今回現場に入ってみたら、アメリカ人にもいいやつがいるんだなと思いましたし、どっちかっていうと僕のほうが偏見を持っていたんだという事がよくわかりましたね。あの現場は本当に最高でしたよ」
司・「監督は「アカルイミライ」という映画をご覧になってオダギリさんの出演を依頼なさったそうですが、それはどのあたりからだったんでしょうか」
監・「2つありまして、1つは廊下で掃除機をかけているシーンですね。ただ壁にゴツゴツ、ゴツゴツぶつけていて、掃除にすらなっていないんですが、とんがった感じ、そこに複雑なものを抱えている感じがしたんですね。ただものではない、と思いました。あとは最後のシーンで藤竜也さんを大事に川から抱き上げて来る場面。これは単なるイケメン俳優ではないなと思いました。」
司・「オダギリさんは、テッペイという役をどのように作っていかれましたか」
O・「・・・・・・(少し司会者のほうに向き直る)」
司・「あ、役作りの上で何か参考になさったというか考えるきっかけがあったという監・・・」
O・「・・・その、何について答えればいいんでしょうか。」
司・「あ、えーと、たとえば撮影が始まると、パッとテッペイになれるというか、そういう感じですか」
O・「・・・・・・・(視線離さず)」
司・「・・・愚問、でしたか」
O・「愚問でしたね(きっぱり)」
司・「失礼しました(^_^;)え、この役を演じる時はどのようなお気持ちで・・・」
O・「・・・僕は自分の役を監督の分身になったつもりで演じました。この役を演じることは、その時は今しかできないと思ったし、それでこの役をお受けしました。監督とは年が2つ違い、ですよね?」
監・「1つだよ」
O・「え?」
監・「俺74年だもん」
O・「(いきなり)えーーーっウッソーーーーー!」(笑)
監・「そうだよ、学年で1つ違い。」
O・「えーーー・・・・えっと、何月生まれ・・・」
監・「5月。君は?」
O・「僕は・・・5、6月(場内爆笑)・・・っじゃなくて2月・・・」
監・「ね、だから僕が3年生の時に君は2年生。」
O・「えーそうなんですか~1つ違いかぁ・・・(気を取り直して)で、こういう年が近い監督と仕事ができるってことはすごく嬉しいことなんです。ひとつしか違わないのにこんなにきちんと、何でもちゃんと仕事できるんだって監督には感じさせられました。」
司・「それもよい出会いだったと。」
O・「(また大きく頷いて)素晴らしい出会いをさせていただいたと思います。」(笑)
司・「この映画では出会いが大事、でしたか。」
O・「出会い、でしたね」
司・「では最後に、これから映画をご覧になる方に向けて、映画について一言ずつお願いします」
監・「雨が降るシーンがあるんですが、そこを是非見ていただきたいと思います」
O・「ゆっくりとした時間で流れる映画、なんですね。で、見ながら何か別なこと考えて、また映画に戻ってきて、それが合わさってみると面白いし、そういう楽しみ方も出来る映画です。クライマックスがエンディングに向かっていく中で、ものすごい景色が現れるんですが、そういうところも是非お楽しみ下さい」

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「ビッグリバー」舞台挨拶(1)

5月27日(土)新宿テアトルで行われた、「ビッグリバー」公開初日舞台挨拶に行って来ました。いつもここでお世話になっているYukoさんとそのお友達に大変お世話になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。そして今回映画館前徹夜厳禁ということで4時近くまで夜の新宿を徘徊するハメになり(^_^;)、そのせいで、ただでさえ動かない灰色の脳細胞が今回熟睡してました(涙)こんなにボロボロのレポートで、本当に申し訳ありません。雰囲気はこんな感じだったんだな、程度に読み流していただければ幸甚です。
初回は11:40の映画のあと、二回目は14::00からの映画の前、でした。

監::「こんにちは。監督の船橋です。今日はこんな天気悪いのに、立ち見まで出るほど多くの人に集まっていただいてほんとに有難うございました。(後失)」
O:「こんにちは、オダギリジョーです。えー今日は「嫌われ松子の一生」の初日、なんですね(笑) で、ここは「ビックリバー」なんですが、この雨の中よくこちらに来ていただいて(笑)有難うございます。そして松子のほうはスター大集合ということで、さぞ華やかな舞台挨拶になっていると思うんですが、こっちは僕と監督2人で華やかに(笑)頑張りますのでどうぞ宜しくお願いします」
司:「いえもう、オダギリさんだって昨日カンヌから帰っていらしたばかりなんですよね・・・っとそうですよね?」
O:「ええ、まあ」
氏「ねぇ、今やもう世界をまたに駆けてご活躍のオダギリさんですから(笑)どうぞ宜しくお願い致します」
O:「いえいえ(苦笑)」
氏「で、監督にお聞きしたいのですがこの企画と言うのはいつごろから」
監::「えーとまず直接、ナイマンとニューヨークで会って話はしていたのですが、9.11以降、テロリストだから、ムスリムだからという偏見が、少しずついろんな映画の中に出てきだしたんですね。で、それは違うと思いましたし、そういうのを見つめなおすきっかけになればと思って作りました。偏見を乗り越えての友情、といったようなものが描きたいと思いまして」
司:「なるほど」
監::「まあそういう映画を作りつつ、実際の現場では意見が対立したりして凄かったんですけれどね(笑)」
司:「そうなんですか。でもそういう対立を乗り越えて、より理解が深まっていったと言うか・・・」
監::「・・・ですよね。お互いにもっと深い絆で結ばれたというか、そうですよ。ナイスフォロー有難うございます(笑)」
司:「で、オダギリさんの方は、全編英語でアメリカでオールロケということで、撮影を前にプレッシャーみたいなものはありましたか」
O:「まあ英語で芝居したこともないですし、アメリカで撮影してスタッフも全部外人という環境でほんとにやっていけるか、っていうのがありましたね。そこが一番の壁でした」
司:「心配でしたか」
O:「それはそれはシンパイでしたよ~(わざとらしく大きく頷く)(場内笑)」
司:「すみません(^_^;)・・・で、実際に始まってみてどうでしたか」
O:「僕ね、実はその時日記をつけてたんですよ。で、こないだ読んだら、撮影初日、2004年1/2、ですよね監督(監督、にこにこ頷く)、その日初顔合わせだったんですがそこに、「思っていたより5倍以上つらい」(場内大爆笑)って、そう書いてあったんですよ」
司:「何がそんなにつらかったんでしょう」
O:「英語ですよ。英語がとにかくつらいみたいに書いてありました」
司:「で、慣れましたか」
O:「ええ、やっぱりスタッフの方とか、あとクロエとかカビィとかからいろいろと教えてもらったりして、それでどうにかやり切れたかなと。もちろん自分でもいろいろ調べたりもしてましたが。大変な事だなと思いました」
司:「で、そんなオダギリさんを監督からご覧になっていかがでしたか」
監::「えーっと僕の目にはそんなにプレッシャーがかかっていたようには見えなかったんですが、かかってたんですか?(笑)言葉の面はまったく心配はなかったですね。それは表面的な問題で、ひょうひょうと演じていて、素晴らしかったです。実際、英語に親しんでいる他の2人がセリフをとちる中、オダギリさんはそんなことはなかったですね。あんまりそういうものは感じさせなかったですね」
司:「撮影の時の現場の印象は」
監::「3人が車の中にいて一日撮影、みたいな事があったんですが、そうすると、僕が英語で音声さんに話して照明さんにも話して、それを中の3人も聞いていて、その上でさらに英語で指示を出すんですね。当然オダギリ君にも英語。で、それで、大丈夫だった。うまくいったんですよ。そこから、ああ、案外簡単だな、これでいけるな、みたいな事は思いました」
司:「オダギリさんから見て監督はどんな方でしたか」
O:「僕アメリカの現場って、どういうものかわからなかったんですけど、とても大人、でしたね。大人な感じ」
司:「あ、それは現場がですか。監督が、ですか」
O:「監督です(苦笑)。監督が大人な感じで、普段は穏やかなんですけれど厳しいところは凄く厳しい。これ以上はできません、っていうともうそこから先は絶対出来ない厳しい現場なんですが、そのスタッフの要求を呑みに呑みつつ、でも妥協はせず、限定された日程の中で、それはもう本当に圧巻、でしたね」
司:「では監督が映画の風景としてアリゾナというモニュメントを選ばれたのはどういったことだったのでしょうか」
監::「これを言ってしまうと元も子もない、という感じですが(笑)僕は西部劇の大ファンなんです。で、是非そこで撮りたい、と。ここではジャームッシュ監督も撮影なさったそうです。もう一つ、9.11以降のアメリカを描こうと思った時に、このアリゾナのメサでシーク教徒がショットガンで撃たれるという事件がありまして、でそういうとんでもないところで、あえて撮ろう、という気持ちもありましたね。9.11以降のアメリカ国内の変化を撮ろう、という。実際はそんなとんでもない所でもなかったんですが」
司:「オダギリさんはいかがでしたか」
O:「僕が実感したのは、現場でカメラを趣味で撮っていたんですが、それが全然違ってたんですね。ポラロイドだともう真っ白!日本との光量の差というか、全然違う光で、大きくて・・・・日本では絶対撮れない景色なんですよ。それがとても嬉しかったですね。その中で自分が参加して映画になっているというのにとても感謝しました」
司:「監督からジャームッシュ監督のお話が出ましたが、今回、デッド・マンのスタッフにも入ってらした方が、ご参加だったんですよね。オダギリさんそのあたりの事は・・・?」
O:「えっと・・・何の話をすればいいんでしょうか・・・・(司:えー、たばこの・・・)・・・タバコの話ですか?(場内爆笑)」
司:「ええ、是非その話を(笑)」
O:「話せっていうんで話しますが(笑)、あの・・・(と歩き出して)このポスター(車内から撮った写真を使っている方のポスター)のここに、ですね、缶が2つ写っているんですが、たばこの缶なんです。でデッドマンの時に助監督だった方が今回チーフスタッフで、えーと、おばちゃんで、凄くかっこいいおばちゃんなんですが、その方に、革で出来た小物・・・タバコいれ?と、このタバコを缶ごともらいました。巻きタバコで、その巻き方も教えてもらいまして。そういう話です」
司:「(めげずに)いえいえ、それで。その続きを是非(笑)」
O:「じゃあ頑張って言います!(紅くなってうつむいて、そのまま)えー、その時、そのたばこの巻き方を教えたのは、ジョニー・デップに続いてあなたが2人目だ、と言われましたっ!!(最後は捨て鉢(笑)場内拍手)」
司:「有難うございました(笑)タバコはどうしたんですか」
O:「使ったコレの他にもう一つ新品ももらいまして、2缶あったんですが、両方、もう喫いました。いいたばこでおいしかったですよ」
司:「では最後になりましたが監督とオダギリさんにこの映画について一言ずつお願いします」
監::「えーとこれからご覧になるわけではなく、もうご覧になったた方々に、ということですが、きれいで雄大な風景とか、3人がどうやって関わりを持っていくかとか、これだけでもわかっていただけるとは思いますが、一回見ただけに、次はより面白く感じられるところがあるんではないかと。そうやって、2回3回繰り返して味わうことの出来る映画だと思います」
O:「すごくわかりやすい映画だと思います。そして、ただの日本映画でもなく、監督がニューヨークに住んでいて、そういうアメリカのインディペンデンド映画ともうまい・・・うーん、折り合わせ、っていうか、うまくからみ合っているんですよね。何度見てもいろんな取り方が出来ると思う。景色もきれいだし、哲学的なものも中に含まれているところもあるし、また今度はいろんな人といろんな時にいろんな場所で楽しんでいただけたらいいんではないかなと思います」

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2006年5月26日 (金)

「山椒魚」予告編

テアトル新宿とシネセゾン渋谷で、
明日から見られるそうですby公式

って
明日はテアトル新宿は
「ビックリバー」初日で舞台挨拶なんですが(笑)
そんなにいろいろ見せて頂けるなんて
何だかバチがあたりそうに、嬉しいです・・・

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「ビッグリバー」コメント

1148213120_01_1 Yahoo!ムービー で、オダギリ氏のインタビュー動画を配信しています。「ビッグ・リバー」についてのコメントです。
こちら からどうぞ。

うーん、この人と明日会うわけですね~

街中に出れば今やそこらじゅうに
Men's non-noの表紙やポスターがありますし、
家に帰ればDVD見てますから(笑)
毎日会っているような気がする大馬鹿者ですが(殴)

明日はカンヌからトンで帰ってきて初日舞台挨拶なのですか。
本当にお疲れ様でございますm(_ _)m

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2006年5月25日 (木)

雪に願うこと

Main2「雪に願うこと」見てきました。公式サイトはこちら



 前評判高かったですが、これほどとは思いませんでした。ストーリーや背景から想像される、いわゆる「お涙頂戴もの」とは全然違います。希望に満ちた終わり方ではありますが、「やったーこれですべてがうまく行く!」式の薄っぺらなヨロコビはどこにもありません。でも、っていうか、だからこそ、イイんですね。その良さを観客に伝える事が、存分に出来ている映画だと思います。この原作を映画に、といの一番に手を挙げていたらしい相米監督も、きっと今頃あちらでウン、ウンと頷いているんではないでしょうか。

 お涙頂戴に落ちなかった一番の理由は、主人公の伊勢谷氏に対峙する、いわゆる悪役にあたる人が、どこまでも厳しく立ちふさがっていたことに尽きると思います。演じていたのが山崎努氏と佐藤浩市氏。正直、見終わったあと「監督ずるいな~」と(笑)思ったくらい、映画の勘所は全部この2人で背負って立っていました。だいたい、本当だったら尾羽打ち枯らして郷里に逃げ戻ってきた青年なんて、人の同情を引いてやまないかわいそうな存在の筈なんですが、いるだけで圧迫感のある山崎氏と佐藤氏を前にすると、間違っているのは伊勢谷さんだとしか思えないんですよ(笑)。冷静に考えれば、すぐ暴力に突っ走る無骨な兄だったり暴利をむさぼる高利貸だったりして、生き方どこか間違っているのはむしろあちらなんですが(大爆笑)、でもその力強そ大きさ重さは実はそのまま、伊勢谷氏にとっての「現実」なんですね。それが逃れようもなく厳然と伊勢谷氏の前に立っていたからこそ、彼は立ち止まってじっくり考える事が出来る。映画の中で、この2人が「形」にしていた現実の大きさは本当に凄かった。そしてそれこそが、この映画の重さを決定付けていたと、思います。ほんと凄かった。っていうか、今更ながら、さすがでした。

 伊勢谷さんも、最後までこの糸の張り詰めたような青年を、緊張感を途切れさせる事なく熱演していましたし、吹石さんなんて、アノ井崎脩五郎氏も絶賛したv騎乗ぶり。そしてつい先週、華麗でスタイリッシュな銀行強盗やっていたかの人は、もう出てきた時から本当に地元の人にしか見えなかった(笑)。香川照之さんと2人並んで写ってた時は、しゃべれば字幕が出そうな勢いでしたよv 椎名氏とか津川氏とか、大俳優を惜しげもなく使っていまして、映画がしっかり出来上がっている分、個々の芝居のうまさも堪能できます。

 泣ける映画、感動させられる映画ではありませんが、本当にいい映画です。こういう、観客に媚びずに「貫き通す」映画が全国展開するようになるなんて、素晴しいと、思いましたです。文字通り、撮り切った根岸監督に拍手です。


 

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2006年5月24日 (水)

口コミは強い

何がって、「間宮兄弟」 です。
うちのTB件数レコードが日々更新されておりまする。

ほかのv検索ワードでここへ来る方が
一番多いのにはかわりはないのですが(笑)
その場合ここから他へ「輪」が拡がる事はないわけで。

そして、かもめの時もプロデューサーの時も凄かったですが
今回は特に、辿ってみると、噂を聞いた人が探し回り
見た人が書きまくっているのがよくわかります。
うちは他にメインの大切なコンテンツがありv
いままであまり気にしてなかったのですが
これ、真剣にヒットのバロメータになるかも、なんですね。

本当に、日常の些細なこと「しか」書いていない、
ヤマもオチもない話(笑)なんですが
見た人みんながそこに「意味」を見出している証拠に
「何だかよくわからなかった」「つまらなかった」という
私が公開前ひそかに危惧していた感想(笑)をまだどこでも見ていないんですよ。

もしこれから、
これがこんな風に口コミで広がっていったとしたら
それも含めて間違いなく「映画の力」だ、と
私は、思いますです。



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ヨコハマメリー

Yokohamamery_1 「ヨコハマメリー」見てきました。公式サイトはこちら

今年初めてのドキュメンタリー映画です。この「ハマのメリーさん」と呼ばれていた方を題材にした本や小説や写真集やお芝居はずいぶんあるのですが、その、どれでメリーさんを知った人にも、是非見て頂きたい衝撃の一本でした。



まず驚いたのは、これがちゃんとした「映画」になっていた事。ぶっちゃけ、「在りし日のメリーさん」を知っている人たちが写真にかぶせてコメントをする、だけの映画なんですが、その語る人たち一人一人が全員「物語」になって写っているんですよ。それが時の持つ凄さなのかメリーさんの凄さなのか。・・・メリーさんを語る言葉には、もちろんその人の来し方がぶ厚く色を乗せていますが。さらにそこに、その人と時を同じくしてメリーさんを見たであろう多くの市井の人の好奇のまなざし、耳そばだててひそひそつぶやくその声までもがはっきりと掬い出されています。生身の人間なのに、誰一人として生々しくない。それぞれが何かを表す物凄く「抽象的な映像」として映画の中に出てきている。ドキュメンタリーなのに。驚愕。

・・・そのメリーさんを語る人たち自身も凄かった。この映画が日の目を見る5年の間に、映画出演者のうち3人が物故者となっている(最初にクレジットが出ます)んですが、半分は噂で作り上げられたメリーさんの「実像」を、皆さん「自分の体験」という光でさまざまな角度から照らし浮かび上がらせて下さっていました。私が何より「見てよかった」と思ったのは、ある有名な舞踊家が語ってくれた「メリーさん」。その方の奥さんのやっていたドラッグストアの店先に、ある日メリーさんが来たそうなんですが。メリーさんがとても気に入った香水瓶があって、それを見つめるメリーさんの様子に、その「モノをいつくしむ」様子に、舞踊家氏はいたく感銘を受けたそうなんですね。で、映像の前でその様子をやって見せてくれたのですが。私はそれを見た人がこの舞踊家氏で本当によかった、と思いました。「こう・・・・・・やってね、見ているんですよ」と言ってして見せてくれたその仕草。今までどんなに書いて描いて演じて写されても伝説の向こう側の人でしかなかった「メリーさん」が、その瞬間、「生身の女性」としてそこに座り込んでいました。彼女がどんな価値観を持ちどんな教養を持ちどんな意思を秘めて生きていた人なのか、その一瞬にすべて現れていました。やっとわかった、やっと会えた、私はそんな気が、しました。

 そうして更に更に驚くのが、観客の頭の中にやっと「在りし日のメリーさん」の像が結ばれた頃、最後に何と「今のメリーさん」が登場するんです。いくらドキュメンタリーといってもそれは・・・と及び腰になる観客を尻目にカメラはどんどん回ります。そして・・・私は自分の想像力の卑小さを心の底から恥じましたね。私の頭の中にいた「在りし日のメリーさん」は、今のメリーさんにまったく歯が立たなかった。考えられますか?その生身の人間は、人の頭の中で散々修正され美化された映像をはるかに凌駕する壮絶な「美しさ」だったんですよ。そして私はその一瞬、脚本書いて人呼んできてフィルムを回して「形にする」事のくだらなさを、ダーンと目の前にたたきつけられた、ような気が、しました。もちろんご本人も周りの人も絶対そんな事は考えていないと思うのですが。これをドキュメンタリーにした監督は、たぶん、打ちのめされた(笑)からこの形にしたのだろうと思います・・・・

 松竹が買っていますから、かなり上映粘ると思いますvv もし見る機会がありましたら是非どうぞ。




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2006年5月22日 (月)

ジャケット

321944view001「ジャケット」見てきました~公式サイトはこちら



 凄く良かった!凄く凄く良かった!!んですけれど、誰にでもは薦められない映画です。いわゆる「大人のための童話」。ジャンル分けすればたぶんラブストーリー、ですが、そして、エロ・グロ・ナンセンスと言った類のものは一切ありませんが。
 まず精神的に追い詰められやすい人、感覚的衝撃にショックを受けやすい人、過去に精神的な疾病を経験した人、現在精神状態かなり不安定な人、あと閉所恐怖症の人には絶対お薦めしません。途中見ていられなくて気分悪くなると思います。ネタバレ防ぐためなのか、そういう具体的な注意がサイトにもプログラムにも全くなされていないのでご注意を。

 公式に書いてあるからここに書いてもいいと思うんですが、大変にエグい「のび太君の机の引き出し」が出てきます。ドラえもんが出て来る、例のあの引き出し。そのエグさが本当に容赦ないです(上記の方たちにこの映画をお薦めできない理由がこれです)。でもそこを見ていられないからといって目をつぶってしまうと、映画は大変に薄っぺらなものになってしまいます。ある意味この徹底した「残虐性」が、おとぎ話から予定調和を削り取り、そこに現実の人間をガンガン刻み付けるための「なた」だったのだろうと思います。決死の思いで大鉈をふるった監督に大拍手、です。

 そして本当に精神的にコタえるシーンが延々と続く中で、救いとなるのがエイドリアン・ブロディの顔、です。緊張を強いられ続けるこちらの心が、一瞬にしてほぐれる、柔らかく暖かな笑顔。もうこの人でなければ、さすがの私も視覚的にツラくて席立っていたかもしれません。この主人公が「一寸先にある闇」を自分の力で切り開いていく様には、感動を通り越して戦慄が走ります。その持つ願いの、力の、重さ。それがあの笑顔の下にあるからこそリアリティがあるんですね。普通の子供好きの青年に宿る、命の、精神の、魂の鋼のような強靭さ。その命の「重さ」が、この映画の根幹を成すテーマだと、ブロディ氏は全身で訴えてきます。その魂の切なさ、いとおしさは、ファンタジーという形で抽出されなければ一生見る事が無かったと思えるほど、残酷なまでに剥き出しでした。あと、相手役のキーラ・ナイトレイも、陳腐な言い方で申し訳ないのですが、この救いようのない主人公にとっての悪魔であり天使という振れ幅の広い役を、一切破綻させずに熱演していました。この緻密に練り上げられた脚本に唯一綻びが生じるとすれば、それはこの女性の「存在の仕方」だったのですが、見事に一人の人格としてまとめ上げていました。そしてもう一人、しっかり者のかわいい女の子。世界を救うのは少女だ、というのが宮崎アニメの共通主題だそうですが、この女の子は、本当に少女独特の、正しく力強く突き進むまぶしいほどの生きる力に満ち溢れています。ある意味彼女が一番のキーパーソンなのですが、その存在が主人公の、観客の、救いです。


何を書いてもネタバレになりそうなのですが、一言だけ。
最後はエンドロール見ながら涙が止まりませんでした。

気持ちに余裕のある方に、是非お薦めします。



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2006年5月20日 (土)

ダ・ヴィンチ・コード

Dvc_5「ダ・ヴィンチ・コード」見てきました。公式サイトはこちら



 かなり前から、中吊りや駅ポスターで大々的に宣伝しているこの映画。ある日下校途中に↑を見た愚息が息せき切って帰ってきました。「かあさまーっ ダ・ヴィンチ・コードってシスが出るのっ(わくわく)」お前は日曜学校に行ってナニを聞いているんだとツッコミながらも、意地悪な私はこう答えました。「そうなのよ、キリスト教にはね、暗黒面に堕ちちゃった修道士がいてね・・・」
 その「暗黒面」が本当に「暗黒」に見える人には向かない映画です。あそこにいるのはシスの弟子だ(おい)ぐらいの感覚で見る人だけが楽しめる映画。ごく基本的なキリスト教史から西洋美術史に至るまで、余計なものはすべてを頭から追い払い、ただ眼前に繰り広げられる絵だけを見て、その世界観に従って前に進んで下さい。そうすれば目くるめく謎と冒険の世界が堪能できます。一番近いな、と思ったのはインディー・ジョーンズ。「失われたアークを探せ@ルーブル美術館」といった感じです。レイダース見て、うちの愚息のように「そっか、契約の箱ってあそこにあったんだ~」と思う人はまさかいないと思いますが(^_^;)、それと同じでこれも、画面の向こうの出来事にいちいちツッコンでいるようじゃだめなんですよ。
 原作は、もっと文字がたくさんあったので、その衒学趣味をトリビア!と思えた人は愉しかったと思うんですが、さすがに映像になってしまうと、ネタのウスさが致命的に露呈します。でも、話が簡単明快になった分、ゲーム性もエンターティメント性も格段に上がった気がします。映像の美しさ・迫力に絞って言えば、お金払っても見る価値あります。各所映画評でオドしている人いますけど、ほんとに予備知識なんか全然いらないですよ。「○○は暗号を解読した!」「△△は○○を裏切った!」「◇◇は宝を手に入れた!チャララ~」っていう、例のRPGのノリ。頭使ったり、自分の知っている知識と照らし合わせようとすると却って混乱します。是非素直な気持ちで楽しんで下さい。

 ちょっとホンキで痛そうなシーンがあったり、CMに在るように死体がそのまま映っていたりするのであまり小さい方にはお薦めできないのですが、このぐらいだと例えば「家族で謎解きに挑戦っ」するのもいいかもしれません。その際、万有引力をりんごで発見したのはニュートンだったよね・・・?とかいう現実的な話は一切無しで(笑)是非お願い致します。

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2006年5月19日 (金)

美しき運命の傷跡

Index_01 「美しき運命の傷跡」見てきました。公式サイトはこちら


 フランス人ってさ~、といきなり大上段から振りかぶりますが(笑)。基本的にラテン気質で、スパニッシュやイタリアンに負けず劣らず直情径行なヒトタチなんですが。まわりをアングロサクソンに囲まれているせいか、どうもそれをストレートに出せずヘリクツを捏ねては自滅している。そんな感じがします。ジタバタしている自分の姿すらも「かっこ悪い」ので正面から見ないですぐ蓋をしてしまう。その結果、「自分を一歩引いて見る」という視点が、なかなか育たないらしいんですね。何でもすぐのめりこんでしまうのはある意味いい事で、そういうトコ大人も子供もとても可愛いんですけれど、そのまま独りよがりに行きつくところまで行ってしまう。そこで一歩下がって「今のアタシはちとおかしい」とは思わない(笑)。でもそれならそれで、別の誰かが止めてあげたほうがいいと思うんですけどね(笑)。かの国で集団ヒステリー的に「たいしたことない些細な出来事」がすぐ「大事件」になる原因は、単純にその辺りにあるんじゃないかとすら思いますよ。だいたいあれだけの美意識と感性を遺伝子に組み込まれているヒトタチなのに、国内で一も二もなく褒め称えられ熱狂的に大ヒットした映画が「皇帝ペンギン」って・・・(^_^;)その映画鑑賞センスを問う前に皆さんどんだけ普段深いトラウマを抱え込んで日々御過ごしなのでしょうか、とシンバイになります。まぁそんな私がこの世でイチバン信奉する哲学者はバタイユなんですが(ダメじゃん)。

 で、正直言いましてこの映画にも、そういう、見ている人をス~ッと引かせるものがあります。おしゃれで可愛い映画なんですが(意匠・映像の壮麗さ、センスのよさはホントに秀逸)結局は本人達だけが妄想たくましくし、事実関係も確認せずに人を殺めて勝手に盛り上がっている話。それは傍から見たら不愉快を通り越してジョーク以外の何物でもない。笑うしかないですよ、ほんとに。これをもって「心の傷」とか言われてしまうと、もう怒る気にもなれません。そうではなく、大仰に「トラウマ」などというという型にはめずに、それこそ一歩引いて、彼女達のおかしな日常を笑いながらじわじわと解き明かしていったほうが、もっとその繊細な心の襞を、翳りを、鮮明に描き出せた気がして仕方ありません。彼女達の持つ悩みは、父親が変質者であるかどうかに関係なく(笑)、つまり原因は様々でも、どんな女性にもある、本当に時代も社会も越えて共感できる、ごくありきたりの恋の苦しみ、なんですから。

 その恋の炎に身を焼かれる、あるいはその業火の手前で立ちすくむ彼女達の姿そのものは、本当によく描かれていました。これは監督が変わった分、切り口がより斬新で繊細になったのだろうと思います。本当に「よくあるシーン」が、今までにない面を照らし出されて新鮮に映りました。これは監督と、それから三大女優の仕事ぶりも手放しで褒めるべきでしょう。人の内面に踏み込んでいく姿すらも美しい、その求心力と執着心のスゴさは、さすがとしか言いようがありませんでした。

 以前だったら巨匠が撮ったフランス映画、と言うだけでお客さんがコンスタントについたものでしたが、昨今はそうでもなさそうです。もし、これを「観客の目が肥えた」と呼んでいいなら、私は先達の数多の邦画映画監督に、改めて深い敬意と感謝を表したいと思います。。。




 

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2006年5月18日 (木)

愛より強く

Viewrsz150x「愛より強く」見てきました。公式サイトはこちら








 各所で見た人が絶賛してたので見に行きました。ドイツとトルコが舞台の激しい恋愛ドラマです。ここに出てくる人たちの、人間関係の根幹を成すイスラムの「戒律」について、感情にむき出しに訴える形で、ある意味正面から暴ききった所と、主人公2人の演技が半端ではなく文字通り「体当たり」で、ありきたりの恋愛物にない激しさと強さと「突き進む力」に圧倒されます。その押し寄せてくる感情の根っ子の底の奥にある、本当の意味での生命力にあふれた、プリミティブとさえ言える、まっすぐに相手を思う愛。バーで交わすおしゃれな会話から進展していく恋も、「可哀相たぁ惚れたってぇことよ」を地でいく恋愛もいいのですが、こういう、お互いに火花を散らすような戦いを相手に挑む、本当の意味でのfifty-fiftyな真剣勝負も、私はいいと思います。血がいっぱい出ますし、痛いシーン、暴力シーンてんこもりですので、普通の恋愛映画のようにうっとり酔っているヒマは全然ありませんが(笑)でも描ききってます。最後まで。真剣そのものです。その真っ向勝負の数々に、心から拍手を送りたいと思います。

そしてここから先は、あまり他人様のご参考にならない部分です(笑)
実は映画見てわかったのですが、主役の男優が、思いっきし好みでしたvvもうコレこそ「パターン」というやつです。何を隠そう、昔から「濃い顔のたれ目の男」が好きなんですよv ハマった順に挙げると

アル・パチーノ
世良公則
佐藤浩市

・・・最初のアル・パチーノがすべてを決した、という感じがしなくもないですが(笑)。
で、中でも、このユーネル氏(ジャイト役)は世良公則に似ていた。名作「カンゾー先生」に出てきたヤク中の医者(=世良氏)と同じく、このユーネル氏も映画の中で、今はやりの「ちょい悪』オヤジをはるかに通り越したダメダメオヤジ、でした。しかもそのダメダメぶりが半端じゃない(笑) シプヤで遊んでいる兄さんたちを捕まえて「ほら見てごら~ん、あーんなになっちゃうんだよ~」と言いたくなる様なヒサンな生活(どんなだ・笑)。でも、自堕落で生命力ゼロ(実は理由がある)状態なのに、色気だけは惜しみなくある。それはもう暑苦しいほど画面いっぱいにフェロモンみなぎらせたまま、でもそのまま所在なげに漂ってるだけなんですよ、ユーネル氏は。 ・・・・反則でしょう、それ(笑) しかも、恋に落ちるとニンゲンになる。彼女が帰ってこないので怒って床にぶちまけた食卓を、明け方近くなったら、ゴミ袋出してきて自分で掃除するんですよ、掃除vv  もうそのうなだれた首筋がすべてを許してあげたくなる可愛さvv 彼女の事を父として兄として遊び仲間として恋人として愛人として同棲相手としてルームメイトとして(偽装結婚の)嫁として、およそ男と女の間に生ずる関係すべてを注ぎ込んで、彼女を愛するその横顔のあたたかさ(@ファン三倍増)。いいなぁ、こういう男大好きですvvうっとりv

 あと、主人公の女性と名前が同じ、シベル嬢。この人の意思に満ちた強い顔がほんとうに美しくてたまりませんでした。ストーリー展開に「桜姫東文章」みたいなところがあるのでさまざまな「シベル」を演じなくてはならなかったのですが、そのどれもが強く、いつも美しさがはちきれそうだった。ユーネル氏と対峙して少しも引けるところの無い強さ。歌ったらきっと澄んだ高い声が響き渡るんだろうな、と思うような、硬質な、一途な愛に溢れる女性を好演してました。ほんとに素敵な女性でした。

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2006年5月17日 (水)

陽気なギャングが世界を回す

View008「陽気なギャングが世界を回す」見てきました。公式サイトはこちら




 面白かったですよ~!原作読んだ事無いのですが、映画でコレなら原作はどんだけトリビアの宝庫なんでしょうか(笑)ちりばめられたネタの途方もない豊かさ、とんでもないセンスのよさにはびっくりしましたv途中から慣れて、何が起きても額面どおりには受け取らないで常に身構えてましたが(笑)最後の最後まで笑いっぱなしでした。そして覇気もやる気もヨロコビもない現代社会のクタビレた人たちに代わって、確かに彼らは一生懸命地球を回していましたよ(笑) いいですよ、この映画、気に入りました。私今度本買ってきます(笑)

白状しますが、私は佐藤浩市氏目当てで行ったんです。そしたら(ギャングですから)のっけから写真のシーンv 銃を片手に真っ赤なコートをひるがえし、カウンターの上にスターンッキャーーーvvv  って、つまり銀行員が銃が怖くて叫んでいるんですが(笑)、私にはもうそれが「黄色い声」にしか聞こえませんでしたよ(大爆笑)いや、カッコいいっ ホントにかっこいいっ、もうルパン3世みたいに格好いい(すみません、これ褒めてるんですー)vv  いいなあ、もう惚れ惚れしましたよvv そして映画の中ではいつもの重厚長大な悪役ではなく、口から先に生まれてきたような軽佻浮薄なオジサンなんですが、それを声のトーンからカツゼツまでまるっと全とっかえ(!)役者佐藤浩市の底知れぬオソロシサを垣間見た気がしました。

 

それと、昨日書いた私の文句を読まれてしまったか(^_^;)音楽が、もう「へえぇぇぇぇぇぇぇ」ってため息つくしかない物凄い緻密さと緊張感で最後まで走りきります。それももう大変なレベルの演奏技術。これは拾ってきた新人バンドじゃないだろう・・・っていうか、ひょっとしてこのドラムスは、このサックスは、もしかしてもしかすると・・・そしたらエンドロールに度肝を抜くようなお名前の数々が燦然と光り輝いておりまして。

Skoop On Somebody、和田アキ子、 佐藤Fisher五魚(key)、村上"ポンタ"秀一(Ds)、石村順(B)、柴田俊弥(Pf)、 菊谷知樹(G)、村田陽一(Tb)、中野勇介(Tp)、本間将人(Sax) 塩谷達也(Vo)、Sakura Akagi(Vo)、廣田由佳(Vo)


正直、和田アキ子さんだけははっきりわかったのですが、あとは自分が思い浮かべた名前の凄さに自ら打ち消していました(笑)っていう位の惜しみない御大の一大セッション。サイトによると記念にライブも在ったそうで。いや、これはまたまたサントラ買う?(笑)あと、衣装も今回素敵でした。着ませんけど、っていうか着こなせないですけど(笑)京香さんが着ていた服はとりあえず全部欲しかった。映画見ていてそんな事考えたのも初めてでした。いや、佐藤氏の総裏ムラサキの赤いトレンチもホンキで欲しいですけど(ため息)


大沢たかお氏が何だかとても若く見えて、それはいい事なんですが、鈴木京香さんに惚れるにはちょっと若すぎないか、という感じがするのが惜しかった。実年齢的にはぴったりな筈なんですが、子持ち女性に甘えるならもっと可愛い系だろうし、守ってあげるなら佐藤浩市系だろうしvという事で、ちょっと中途半端でした。逆に松田優作の御曹司は、正直パパよりうまかったかもしれない(笑)。全然肩に力入ってなくて、それなのに彼の持つ不思議な存在感がしっかり役にとけ込み重石になってました。画面では探してないと忘れそうなくらい(^_^;)全く目立たないんですけれどね。もし次回作があるなら、他のメンバーはもっとギャングっぽいエキセントリックな役者(笑)連れてきてもいいかもしれませんが、この役だけはこの人がいい、そう思わせるものがありました。


ギャク満載の映画に良くある、細かいところには目をつぶる、必要は全然ありません。まぁ映画だから、と我慢を強いられるところもないです。最初から最後まで心置きなく笑えます。スカッとしたい日、誰かを殴るvv代わりに是非どうぞ(ってアッコさんが言いそうだ~・笑)


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2006年5月16日 (火)

これ、欲しい・・・

どうしよう、久々にモノスゴク物欲をそそられましたv
「山椒魚」のサイトで、映画のノベルティグッズの紹介をしているんですが(こちら)

私だいたいふだんは映画見に行ってもパンフも買わないくらい「その他」には興味ないんですが、これは何だか無性にほしいです。
映画見てないのに欲しいというのはある意味スゴク失礼かと思うんですが(^_^;)
パッと見「陰陽大極図」みたいでカッコいいし、
よく見るとむかーしagnes.bでブランド展開していたトカゲマークにも似ていてちょっとお洒落vv
「狸御殿」の時、狸姫様たちの家紋がすっごく可愛くて、
オダギリ氏自身がDVDのインタビューで
「売ったらいいのに」といっていたほどだったんですが、
この可愛い山椒魚は手に入りそうで嬉しいです

・・・っていうか、売って下さい、お願いします(笑)



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僕の大事なコレクション

Illuminated 「僕の大事なコレクション」見てきました。公式サイトはこちら
夕べ、実は久しぶりに凄い長電話をしまして(^_^;)、そこで大変に薦められて、12時間後にはもう見てました、と言う映画。(さて問題です・何時まで電話してたでしょう・泣)

 良かったです。私などが軽々しく良かった、などと書いてはいけないような気さえする今年一番の秀作。これ見るまでは、私の今年の映画ベスト5は全部邦画だったのですが、あっさり抜かれました。そしてこれも(とあえて書きますが)映画の宣伝の仕方(特にポスター)、邦題のつけ方間違ったと思います。たいへんに重い映画。すべての事から一切目をそらさず、起こった出来事にすべてに対して深い畏敬と尊敬の念を込めて、祈りにも似た誠実さで全編描ききっています。それなのに、見終わった人は、とてもあたたかい、まるで癒されたような感じを受けるのです。まったく関係ないのに、見ていた自分までが抱きしめられ赦され解き放たれたような、そんな安らかな心持ちになれます。
 そして、これだけ褒めちぎっておいて何ですが、先に公式でストーリーをお読みになって下さい。そしてもし↓こういう方面にあまり知識のない方でしたら、ちょっとショッキングに過ぎるエピソードがあるかもしれません。苦手な方はどうかご注意下さい。写真の3人、おじいさんと孫と依頼人のアメリカ人(イライジャ・笑)が尋ね人の旅をする映画なのですが、登場から口を極めてユダ公(!)とののしるキケンなおじいさんに、孫が、この↑写真の、旅の途中の食卓でふと、「え、じいさん、ウクライナって反ユダヤだったの?」と聞きます。だってお兄ちゃん、ウクライナって、ウクライナっていえばさ・・・で、その話を孫に全くしていない「ユダヤ嫌い」のじいさんって・・・・え、まさか、ひょっとして・・・・私なんかもうこのあたりから胸が詰まってグゥーッとなって泣きそうでしたが。座席に座っている以上一切逃げることは許されず。最後まで見せつけられます。つまりはそういう映画です。何だあのポップな水色と黄色のポスターは!と思いますよ・・・心構えが出来てないと押しつぶされそうに思うかも。

 キャストが3人とも好演しています。イライジャ・ウッド目当てで見にいらっしゃる方は、彼の役者としての力量を「指輪」以上に堪能できると思います。この映画の中では、彼はもちろんジョナサンという一人の人間ですが、同時に、まるで指輪物語の中の指輪のように、ある種抽象的な意味合いを背負わされていて、それを常に体現し続けなければならない存在なんですよ。この彼の存在の「浮揚感」のおかげで、映画全体が、この種の他の映画とは一線を画した、非常に昇華され止揚された深いテーマにまで引き上げられていると思います。凄いです。
それからお兄ちゃん(笑)。ウクライナ在住のヒップホップラヴァーという設定ですが、ウクライナですから、やっぱりアメリカは遠いです(笑)。その彼の英語は(今回字幕秀逸でした!)英語覚えたての勘違い愚息にも聞かせてやりたい「身につまされるような」イタイタしさ(たどたどしいとはまたベツのイタイタしさです・笑)。本人実際バリバリのロックミュージシャンで映画の背後に流れる曲も歌っているそうですが、でも、この人もうまいです。ウクライナ語でおじいさんのことを、どうも「ディー[dzi:]」というらしいんですが、それが私の耳には「じぃ、爺、」って呼んでいるように聞こえるんですよ(^_^;) で、その「じぃ、」が、すごくあたたかでやさしい。手の早いv爺様なんですが、孫が彼を大好きで心の底から尊敬しているのが一発でわかる「じぃ」。それが、この映画を最後のところで支え救っているのだと、今になって思います。
 そして問題の(笑)おじいさん。ウクライナでは有名な名優さんだそうですが。この人がいたからこそ、この映画は冗長な説明を一切省いたんだな、と思えるくらい「すべてを語る顔」でした。刻一刻とこちらの心に刻み込まれてくるおじいさんの心象風景の変化。それがこの映画の骨子なんですが、この人の顔には映画全体が映りこんでいる、そんなシーンがいくつもありました。素晴しいです。

 それと。音楽が、画面にピタリと合っている、というのも心地よくのめり込めた原因でした。そんなの映画だから気にしなくてもいいんですけどね。コマ割りにドンピシャリ、は当たり前、前のシーンで人が刻んだ拍と、次に出てくる音楽の拍がぴったり同じでそれでシーンが繋がっていくという凄技v あと映像で人が歩いていればその歩く拍、きっかけが出ていればその拍にあわせて(つまりだんだん遅くなったりもするんですが、それにもぴったり沿って)BGMが流れるんですよ。もう小気味いいくらい隙がない。びったり。爽快!これはできれば是非是非他の監督にも見習っていただきたいと思いました。

 うちから一番近い映画館では今度の金曜まで公開なんですが、その後全国展開するそうです。私の、今年イチオシです。長電話の相手のいつもながらの慧眼に心からの賛辞を送りつつ、必見!

ひとつだけネタバレ
ジョナサンは大変な蒐集癖です。途中、それは遺伝?(笑)と思うシーンがありますが、そのすぐ後に。「そんなものまでとっとくのか」と聞かれたジョナサンが「こうしておかないと、忘れそうだから」と言うんですよ。映画の中ではそれだけで、割りとさらっと流されていますが、私はその言葉に、国を持たず家を持たず1000年彷徨い続ける流浪の民の、その根無し草のような「喪失感」を突きつけられたような気がしました。私達には絶対わからない感覚、なだけに、余計に突き刺さりましたです。

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2006年5月12日 (金)

時効警察オールナイト

久しぶりに、霧山クンと三日月サンからメールが来てますvv

6/16(金)21:30からTOHOシネマズ六本木ヒルズで
“DVD発売記念!『時効警察』イッキ観オールナイトイベント”
あるんだそうです。
メールマガジンやめてしまって見られない人も
公式サイト で詳細もわかりますしそのまま申し込めます。
DVD予約特典の事も↑に出ていますよ。

またオールナイトだ~(笑)


追記

「さて、そんなトレビアンなDVDの発売を記念して、6/16(金)21:30~ TOHOシネマズ 六本木ヒルズで、“DVD発売記念!『時効警察』イッキ観オールナイト イベント”を開催します! スペシャル・ゲストとして何とオダギリジョーさんと 三木聡監督が登場するんですよ!2人でスペシャル・トークしちゃうんですって。 しかも、特製グッズのお土産付きだっていうじゃないですか。気になりますね~。何が何でも参加したい! という時効警察な人々は、ぜひご応募下さいね。」(公式サイトより)

募集締切 : 5月31日(水)  23:59
日 時 : 2006年6月16日(金) 21:00開場/21:30開映(翌05:45終映予定)
場 所 : TOHOシネマズ 六本木ヒルズ     http://www.tohotheater.jp/theater/roppongi/index.html
募集人数 : 25組50名様
*応募者の個人情報は当選に関する連絡および統計的な資料作成以外には使用いたしません。
*条例により18歳未満の方は終映が23:00を過ぎる上映会にはご入場いただけません。そのため18歳未満の方はご応募できませんので、予めご了承ください。
*当選者の発表は、代表者への試写招待状の発送をもって替えさせていただきます。当日は招待状と身分証明書をご持参ください。 身分証明書は代表者ご本人、同伴者ともにご持参いただくようお願いいたします。
*イベントでの写真撮影、録画、録音は一切出来ません。当日カメラ、カメラ付き携帯電話は受付にて預からせていただく場合があります。

トップページの右下にバナーが出来ていますので、そこから飛んで下さい。同じIPからは一度しか応募できないようになっています。これは激戦ですね。う~ん・・・・

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2006年5月11日 (木)

「ゆれる」初日7/8 決定

「ゆれる」の公開日が7/8に決まったそうです。
いつもおせわになっているYukoさんが
わざわざアミューズCQNにお問合せして下さいました。

感謝感激v
いよいよですね~
Yukoさん、ホントにありがとうございましたm(_ _)m

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2006年5月10日 (水)

「ゆれる」公式サイト更新

Photo_3











公式サイト がずいぶん大々的にリニューアルしていました。
写真も増えていて、Introductionの文章も読み応えありますv
私が個人的にとても気に入っていたシーンの写真があって
こっそり嬉しかったりvv

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隠された記憶

Hidden公式サイトはこちら。
うーん、オダギリジョーは今年のカンヌで一番、と言ってましたが、そんなに今年は不作だったんでしょうか(^_^;)あまりにうすっぺらな出来に、頭を抱えた一本でした。薦めたのがオダギリジョーでなければ殴っていたところです(怒)。

 とりあえずある種のフランス人には大ウケだったと思います。何の脈絡もなく証拠すらなく「容疑者」に仕立て上げられたアルジェリア人が、義憤のあまり憤死する・・・それだけで痛快だと声を上げて笑う「知識人」が残念ながらフランスにはずいぶん多いのです。あちら発の資料を読む時、他国の人が気を付けなければならないバイアスのひとつ。日本の、ある年代から上の方たちが中国・韓国に向ける「感情的」なしこりにも、それはよく似ています。でもだからといって、アルジェリア人をはなから疑い、それを映画の中で当然の事のようにして扱い、さらには溝を深くすることに、いったい何の意味があるんでしょうか。そこに何の葛藤も感じていない主人公は、まさしく「フランス人」なんでしょうが、この監督はフランス人に媚びて賞が獲りたかっただけなのか?と勘繰りたくもなります。
 しかも映画の中ではそういった背景はまったく生かされず、いわば別の次元で問題が更に悪化していきます。原因は民族問題でもなんでもなく、「被害者」であるフランス人の男の、事実を洗い出す事すらできない、ただひたすら感情的な態度。ジュリエット・ビノシュが好演しているだけに、余計にこの主人公のふがいなさに腹が立ちます。自分の抱いた妄想に取り付かれ縛られ、思い込みのままに周りを傷つけ続ける、そういういわば「甘ったれているだけの男」の話を見て共感しろといわれても、どうかと思いますよ。各映画評を見ても男の人がヨロコびそうな話であるのはわかるんですが、傷のなめあい、狎れ合いですね~。

 

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2006年5月 9日 (火)

Men's nonno

Nonno 街中で見つけたポスター。
こんな風にどこかに紛れているオダギリジョーを、それと教えてもらわずに自分で見つけ出したのは、初めてです(^_^;)

ちなみに発売日は明日です。そのまま本屋に走った私を笑って下さい・・・Show_2












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2006年5月 7日 (日)

グッドナイト&グッドラック

Goodluck 「グッドナイト&グッドラック」見てきました。公式サイトはこちら。なお、今更言うまでもないことですが、ここのレビューは見に行った日に書いているわけではありません。そこまで自分の行動を明かす必要もないと思いますのであしからず。

 これは、とても私の好きなタイプの映画、でした。宣伝や予告編を見ていると、英雄伝説賞賛ストーリー、最後は大拍手ですっきり爽快、みたいなのを期待しますが、そんなに観客サービスはしていません。結果どうなるかわかっているのですから、観客も一緒になって快哉を叫びたい・・・所ではあるのですが、むしろ「エド・マロウ斯く戦へり」的な、ドキュメンタリータッチのドラマです。一般に知られた糾弾成功ストーリーの裏で、実際戦う当事者は、そんなに単純にすべてを勝ち負けで割り切れるモノではないわけで、その様々に色なす心象風景を実に丁寧に追ったのが、この映画です。
 マッカーシー議員ほど強面ではなくても(笑)会社の上司や取引先の担当者、あるいは単に友人・知人と、自分を守るために一度決着をつけなくてはならなくなった経験は、誰にでもあると思います。そういう時、例え傍目には完膚なきまでに相手を叩きのめした・・・ように見えても、スーパーマンが敵をやっつけるのとは違って、実際には人間のすることですから勝ち負けがはっきりすることなどめったにありません。どちらかが名を捨てどちらかが実を捨て、よくて痛み分け、です。その時に、では何を捨てて何を取るのか、その事に関して自分の中の優先順位は何なのか。オジサン風に言えば、その選択でその人の人間がわかる、ということになると思いますが。
エド達も、世間ではこれ以上ないほどの賞賛を浴びながら、そこにたどり着くまで、あるいはたどり着いてから、失ったものの大きさに、手放しでは喜べないでいます。でもそれが本当だろう、と私などは思うんですね。その賞賛の陰に隠れた彼らの苦悩と苦渋の選択を、それに直面した時の彼らの思いを、じっくりと見せてもらって改めて彼らの偉大さがわかる。マッカーシー議員に関しては、後の時代の者から言わせてもらえば「自滅」という側面はぬぐえないと思います。決してエドの舌鋒だけで全アメリカの論調が変えられていったわけではない。しかしその発言を選択していく過程で、そこでエドが「何を大事にしたか」というそのprincipleが次第に明らかになっていくにつれ、事の本質が今のメディアに繋がってくるのがわかるのです。映画の宣伝コピーでは、まるでブッシュがマッカーシーの再来であるかのように思わせぶりに煽っていますが、そんな短絡的な話ではありません。エド・マロウの時代も今も、メディアの最大の敵は、メディアが自分で自分を縛る「自重」と言う名の責任逃れ、なのです。それが、ジョージ・クルーニー監督自らが演じるプロデューサーとエドの「四面楚歌」の中で浮き彫りにされます。そこまで突っ込んだからこそ、このドラマは描く価値があったのだと私は思います。

 もうひとつ突っ込むなら、それでもこれで正しく軌道修正が済んだのは、まだアメリカに二大大国のひとつとしての「善を担う」自負があり、自信があり、それを支える豊かさがあって、「正しさ」に対する価値観もゆるぎなくひとつしかなかったから、です。その大切な「当時のアメリカ」という背景を、監督は、ジャズであらわしました。ラインナップを見ると、そこにとてつもない監督のこだわりが窺えますが(ジャズあまり聴かない人にもこのサントラは「名盤」としてお薦めします)、そのおかげで、どんな映像よりエピソードより雄弁に「良きアメリカ」が綴られていきます。それはもう、是非設備のよい映画館の特等席で「聴いて」下さい、お願いします、という感じ。そのまま目をつぶって音に酔いしれたくなりますが、まぁそこは我慢して(笑)。

 

 単純明快なエンターティメントにもできる話をあえてそうはしなかったので、インパクトは弱いし評価の分かれるところだと思います。が、私はこの映画はとても好き、です。DVDの発売が今から楽しみですv

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2006年5月 6日 (土)

ククーシュカ

Gallery_zoom04「ククーシュカ」見てきました。公式サイトはこちら




 この題は、郭公という意味と「狙撃兵」という意味とあるんだそうです。見ながら、世界遺産見ておいてホントに良かったと思いました。
 予告にあるとおり、終戦直前のノルウェーの北の果てで、スウェーデン人とロシア人とサーミ人が、まったく言葉が通じないままわずかな間共同生活をします。しかしそこに言語を介さないコミュニケーションについての考察があるかというと、そのヘンは全くいい加減です(笑)。あと、3人の話す言葉が、日本人にとってはどれもチンプンカンプンであることには変わりないので、字幕で言葉がすれ違っていることはわかって面白いことは面白いんですが、あまりピンときません(時々誰がしゃべっているのかわからなくなります)。
それから予告では、この2人が期せずして戦闘の最前線に巻き込まれ、そこから運命を狂わせる壮大な悲劇が生まれるような描き方ですが、そんな大それた話ではなく、ただの誤射です。ニューヨークの街角でなら珍しくもないです。

 では映画のメインは何かというと、その誤射で死んだ兵士をサーミ人が「呼び戻す」儀式なんですね。これが面白いことに、他国のどの神話よりも、日本人の死生観に限りなく寄り添ってくるイメージ、なんですよ。途中から、柳田国男に見せたらどんな顔するだろうか、とか考えて興味津々でした。実際日本人にとっては、なぜか不思議に心に響いてくるシーンだと思います。文化の同心円伝播だからかどうなのか、膠着語という世界でも数えるほどしかない「文章の語順」が、日本語とスウェーデン語は同じで、ほかにも民族文化の基底部分で共通点は多々あります・・・とは聞いていたのですが。このヨモツヒラサカの突然の出現には本当にびっくりでした。世界遺産見といて良かったと思ったのはこのあたりです。面白かった。ラップランドの妖精の可憐さ・おおらかさに心打たれながらも、何だか思わぬ所でいいものを見て得した気分でした。



でも、これは宣伝の仕方を間違っていると思うなぁ・・・最近そういう映画が本当に増えました。お客を呼ばんがために、地味な社会派ドキュメンタリーを「壮大なラブストーリー」と銘打ったり、実に堅実でシニカルで現実的なドラマを「センセーショナルなサクセスストーリー」のように広告したり。まぁ「ククーシュカ」もサーミ人の持つ民族文化を強調したのではお客さん来ない(笑)のはわかってはいますけどね。

文化人類学とか、神話学などに興味がある方は、資料的価値はともかく(^_^;)ご覧になってみると 面白いかもしれません。

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2006年5月 5日 (金)

有難うございましたm(_ _)m

ブースに来てくださった皆様
お買い上げくださった皆様
今日は本当に有難うございました。
朝から例年にない盛況で、こちらも手が足りず
いろいろとご不便をおかけしましたが
おかげさまで無事終了しました。
有難うございました。

そして、トランクセール屋と
たけさん服の委託
よこひ師匠のタバコの委託は
今回で最後となります。
長い間のご愛顧、本当に有難うございました。
またどこかでお会いできます事を
切に願っております。

              /contessa

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2006年5月 3日 (水)

夜よ、こんにちは

Flr「夜よ、こんにちは」(以前リストアップしてたときの名前は"Buongiorno Notte")見てきました。公式サイトはこちら。以下タイヘンなネタバレですのでご注意下さい。






1978年イタリアのモロ元首相の誘拐暗殺事件を題材にした映画です。70年代のご多聞にもれず「赤い旅団」というテロリスト集団が共産主義革命を望んで起こした実際の事件。しかし酔いが高じると「インターナショナル」を高歌放吟するオジサンたちがノスタルジーから作った映画かと思いきや、これがたいへんに面白い語り口の映画でした。ある意味、この種の映画の造り方そのものに一石を投じたといえると思います。それを映画にする事で製作者は何が伝え得るのか、映画ならではの視点とは何なのか。今、映画を撮る事を学んでいる人たちには、映画の基本であり到達点のひとつを示すものとして、特に見てほしい一本だと思いました。

 実際に起こった事件ですし、映画の中に出てくる当時のニュース映像に私も見覚えがあるくらいですから、見ている人には経過も結末も知れ渡っています。しかもこのテロリストが出現して以来今日に至るまで、イタリアの政局は対立構図が混迷を極めていますから、EU加盟国にとっては足元の火種であり、他人事ではありません。
 ただし、起こった事実は知っていてもその真実は誰にもわかりません。事件をただ時系列に並べるのが報道ですが、映画は事実の向こう側にある真実を、さまざまな手段を用いてあぶりだす事ができるのです。
 例えば、私がとても心突き動かされたのは、主人公の女性が、親戚の集まりで野外のテーブルを囲んでいる所。日本でもそういう集まりではのど自慢なおじさんが一曲ご披露したりしますが、そこでもイタリアのふつーのおじさんが乞われていい声を披露します。ところが歌いだすのが「風が吹いている(原題:Fischia il vento)」という有名なパルチザンの歌なんですよ(メロディーが「カチューシャの唄」)。イタリアでパルチザンというのはWWⅡの時、特に降伏後、ドイツからイタリアを守った自警団的組織なんですが、そんなかつての地下組織の抵抗運動の唄を、親戚のおばさんも熱を込めて楽しそうに歌うし、通りすがりの花嫁さんまで抵抗なく歌の輪に参加します。つまりこのパルチザンの伝統は、中世のギルド乱立の時代から培われた「いい為政者には従う、悪い為政者は追い出す」ごく健康的な精神風土の延長線上にあるものであって、日本やロシアのふってわいたような観念的「革命」とはひと味もふた味も違うんですよ。それが、このお座敷宴会芸の余興のようにして歌われる(笑)歌から、ひしひしと伝わってくる。このパルチザンは、やがてイタリア人同士が憎みあい敵対する結果を生みます。テロリストに呼びかける政府高官の演説の中でもそれはふれられていて「『赤い旅団』は国民同士が争ってきた伝統的抵抗集団とは違う。単なるテロリストで同調の余地はない」と断罪しています。でもそのことから逆に、彼らのような過激派が労働者に期待する「連帯感」があぶりだされてきます。手段こそ違え彼らの「革命」の主張は必ず大衆に受入れられる、と思わせるだけのイタリア独特の事情が、そこにあった。このFischia il ventoを聞いた途端観客は、それを理屈ではなく全身で納得できるんですよ。そしてそこを丁寧に描く事こそが、映画でしか許されない「事実から真実をひきずり出す」方法のひとつ。この映画はこの難しい大切なポイントで見事に成功しています。

 他にも主人公の女性の揺れ動く心のうちが具体的なショットとなって差し込まれています。それは実は「事実を越えて」皆が心の底から願っていた事の具体的なビジョン、です。事実とはかけ離れたそのショットをはさむことで、観客の願いが掬い上げられる。あるいはその映像によって観客は、自分が望んでいたものの形を目にする。するとこれが、単なる異国の首相殺人事件では終わらなくなるんですね。自分の思いは「夢」でしかありえないと形にして見せられて初めて、映画館の外の「現実」の重さがわかる。その彼我の距離の遠さを思い「ああ、本当にこうだったら良いのに」と思うその一瞬、涙が出ます。そしてそれこそが、テロリストの女性の、当時のイタリア国民の、そして今紛争のさなかにある人たちの偽らざる気持ちであり、真実であるのです。映画でしか描きえない、事件の核心であり真実です。

久々に「見ておいてよかった」と思えた映画でした。単館公開でDVDも出るかどうかわからないのですが、もしご覧になる機会がありましたら、一見の価値はあると思います。

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2006年5月 2日 (火)

今年のカンヌv

D0003344_19242550カンヌ映画祭について、シネカノンのブログに紹介がありました。今年は、コンペにスゴい監督が揃うんですね~いや、これは行きたい!







ペドロ・アルモドバル
(トーク・トゥ・ハー、死ぬまでにしたい10の事、バッド・エデュケーション)
アリ・カウリスマキ
(レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ、過去のない男)
ナンニ・モレッティ
(父/パードレ・パドローネ・僕のビアンカ・息子の部屋)
ケン・ローチ
(レディバード・ブレッド&ローズ・やさしくキスをして) 
近年まれに見る「競う」年になりそうです。

以前から話題になっている、ソフィア・コッポラの「マリー・アントアネット」についての記事もあります。それと私は全っ然知らなかったんですが、役所公司氏は何とアノブラッド・ピッドと共演で「バベル」っていうメキシコ映画に出てて、しかもコンペに乗った!!んだそうです。いつのまにソンナ仕事を!役所さん、凄すぎ~(@_@) これ、日本公開にならないのかなぁ~カンヌは遠すぎる(笑) CQNスタッフのブログ「映画館な毎日」はこちら からどうぞ。

で、ぶっちゃけ何で今頃(発表直後でもなく公開前)にこのブログにこの記事が出てるかと言うと、「ゆれる」が監督週間に出る、事が決まったらしくてその関連で、です。赤絨毯とかはないですが、監督を商業ベースにデビューさせる絶好の機会。ここはひとつ、オダギリ・香川兄弟に、しっかり西川監督のホスト役を務めていただきたいです。久々に出た「ガイジンにもわかる日本映画」なので、是非上手に大切に売り込んでいってほしい。監督の内に深く深く積み重ねられてきた言葉の数々が、かの国の人たちに映像として響いていくことを心の底から願っています。

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ドルパの商品(2)

Shinasdbana




当日、委託させていただくSD服のサイト様です。
販売予定の服、お写真一覧は こちら  にあります。
今回出品なさるのは

● 13少年用・カジュアル綿スーツ(1点)
● 13少女用・カーディガンとキャミソールセット(1点)
● 13少女・ノーマル少女用ワンピースセット(2点)
● MSD(男女共用)・黒ブラウスセット(2点)
● MSD(男女共用)・カーディガンとキャミソールセット(2点)
● MSD(男女共用)・つなぎズボンセット(1点)

当日、是非手に取ってご覧下さい。
日時:5/5 10:00~16:30
場所:東京国際展示場 西館3・4ホール     
ブースNo.460   ディーラー名 Arbour です。

どうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m



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2006年5月 1日 (月)

人の上に立つ人

 特にその仕事に長けているわけではなくても、その場の長になってしまう人がたまにいます。今日はそういう方とご一緒に半日仕事をしてきました。

 仕事が出来ないと人に指図することが出来ないか・・・これははっきり言ってYesです。仕事が出来ない人は、目の前の仕事は見えても全体像と段取りが見えていませんから、仕事に優先順位をつけたり、〆切から逆算して工程を日割りしたりが出来ない。そうすると、ただ思いつくままに指示するしかなくなるのです。その人の言うことを聞いていても、いつまでたっても仕事は終わらないということになります。
では、仕事が出来ないと人をまとめることが出来ないか。これはNoです。自分に自覚があれば、例えば仕事の要諦は部下に頼んで作ってもらうことも出来ます。工程が不安なら、チームを組んで皆で確認すれば、周知徹底も早いでしょう。自分は仕事が出来ないという自覚があれば、そうではない部分、例えば職場の人間関係や、上司や得意先との関係といった人間性の分野で頑張るようになりますから、もって生まれた人柄がよければつとまります。

 つまり、自分は性格が悪いなぁと思ったら仕事を覚えればいいんだし、自分は仕事の呑み込みが悪いなぁと思ったら(ヘンな意味ではなく)人に好かれるよう頑張ればいいのです。世の中には「仕事も出来る人格者」などヤマほどいますから、どちらかだけでは正直どうにもならないこともあると思いますが、少なくとも両方出来ないよりは、いいんではないかと。

 そして今日、躍起になって叫ぶ姿を部下に鼻で笑われる上司ほど、孤独なものはないと、しみじみ思ってしまいました。孤独というのはつらいものだというのはわかってはいたのですが、あそこまで心を爛れさせるものかと思いましたよ。
 がんばっている人を心底哀れに思ったのも、初めてだったかもしれません。それほど、その人はガンバッていました・・・。

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