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2006年4月28日 (金)

「パビリオン山椒魚」(3)

チラシを頂いてきたのですが、やはりと言うか何と言うか、公式 でおいおい説明されるようですので、ここには上げないでおきます。これからの中の人のガンバリに期待したいと思いますv


で、今回解説分の「チラシの裏」(笑)によると、この山椒魚キンジロー氏は、1867年のパリ万博に徳川方から出品された由緒正しい山椒魚なんだそうで。ご存知の通り、日本が国家として正式に出品したのは次のウィーン万博からです。この頃日本は、新撰組も大活躍の国内内乱真っ只中ですから、パリでもそれを反映して(^_^;)、幕府と薩摩藩と鍋島藩(佐賀藩)がそれぞれ独立して展示をしていました。特に薩摩藩は「琉球王薩摩太守政府」と名乗り、日本には主権国家が2つあるの?ぐらいのイキオイで、精緻な薩摩焼や絹織物などをたくさん展示していましたから、幕府も頭痛かったでしょうし、頑張らざるを得なかったでしょう。

Ei10 徳川昭武御一行様





Banpaku 佐賀藩御一行様

幕府の展示内容は正式目録には残されていません。日本側の資料は残っていますが詳細は不明です。でもひょっとして、慶喜代理の若き昭武が現地で対抗意識を燃やして、薩摩が美術工芸品ならこっちはナマモノだぁっ!とか言って展示した取って置きの隠し玉が「オオサンショウウオッ!」・・・・・だったりしたら・・・・爆笑モンですね、これは(笑) 効能書きはさておいても(笑) 何だってこんなのんびりした爬虫類を異国で自慢するんだか。このあたり、どんな言い伝えで二宮家に来るのか、映画に興味津々です。

この間愛知万博があったばかりなので、ネットを巡るとまだいろいろ資料は残っています。国会図書館の常設展示目録と解説(こちら )や、この万博で茶屋を拵え驚嘆されナポレオン三世からメダルまで貰った瑞穂屋卯三郎の記録(こちら は万博の内情、日本館の様子も詳しくわかってとても面白いです)など、是非ごらん下さい。

Bf03

茶店の様子。

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