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2006年3月27日 (月)

再び「ジョニー・デップにない良さを」

depp 今号のキネ旬は、ジョニー・デップ特集ですvこの人については良書がいっぱい出ているので、ファンの人には今更感が漂うと思いますが、そのファンの方達のために言うと、今回はジョニデ本の中では←レベルの記事でしたvv もし今回のキネ旬で初めて彼に興味の湧いた方には、手際よくすべてが盛り込まれているこの本、お勧めします(Amazonに飛びます)。








で、私がひっくりかえったのは、それに続く「俳優が語るジョニー・デップ」というコーナー。アル・パチーノが彼についてこう、言及しているんです。

「(前略)意外に思うかもしれないけど、僕は彼ら(注・ショーン・ペン、ラッセル・クロウとジョニデの3人)ととても気が合うんだ。なぜなら彼らの考えることは、僕と真逆だからね。僕らはお互いの考えを交換することを楽しんでるよ。彼らの知的な仕事振りを好ましく思っている。(後略)」

うわぁぁぁ言い切ったぁ~~~(^_^;)

というのが、私の正直な感想です。「真逆」。
あんまり引用すると怒られますので省略しまくっていますが、ここに出していない箇所ではアルはさらに、もう彼らのことをベタ褒めですv持ち上げまくっていますvvだからその流れの中で「真逆だから」とアルがぽつんとつぶやいても、読者にはそれはちょっとした謙遜ぐらいにしか思えないでしょう。
でも!アルのファン及び共演した諸俳優の皆様は、この砂糖菓子のような祝辞の裏の棘にに気が付かないはずがありません(笑)。「真逆」とは、つまり

「お前達、それじゃこの先何年やっても絶対俺にはなれないよ」

という空恐ろしい宣戦布告、なんですよ~~~キャ~~~~
いえ、アル・パチーノ様vなら、もっと上品で遠まわしな言い方をなさるに違いありませんがvv

↓は私が12/21に書いた文章ですが。
-----本当はアルのような役者は、個性俳優として脇で煌めいている・・・方が楽、だった筈です。でも彼は主役級に挑む。主役は、もてるすべてをさらけ出し、何もかも真っ向から「受けて立つ」のが仕事です。自分に出来ようが出来まいが、全存在をかけて「居る」事が主役の仕事。自分が大事だったら、心の内に土足で上がりこみ、すべてを粉砕して立ち去っていく奴らの相手など御免こうむりたい筈なのです。でもアルは、出る度毎に粉砕された自己をかき集め、さらに新しい自己を創生する事をいとわない。そこまで深く自分を愛し、信頼しているのです。だからこそ培われていく風格と大きさ。まさに身を切るようにして。ほんとうに、凄い、ことですが。--------
アルのコメントにある「知的な仕事振り」が、だから私には100歩譲っても皮肉にしか聞こえませんですよ(笑)幼少の頃から天才と呼ばれ、演劇学校でも比肩する者なく、誰もが手本としたがる演劇理論を確立しながら、そんなものを誰よりも信用していないのが、アル・パチーノというactorなんですから。

そこで隣に目をやると、若き日の純粋を"装った"、アルとおんなじぐらいしたたかな、オダギリジョーのコメントが(笑)。皆さんよくご存知の、以前のインタビュー記事の再掲です。オダギリ氏、ジョニーデップの仕事振りを褒めるばかりで、まるで俺が次にジョニー・デップになってやると言わんばかりですが(えーvv)いや、だから、ジョニー・デップは外野が何と言おうと、ただひたすら「ジョニーデップの完成」を目指しているだけですからvv
でも、こうやって見開きで並べられると、やはりアルはわかっているし、オダギリジョーも同じ事わかっているナと思わずにはいられません。そして良識あるファンの皆様は肝を冷やすに違いないその自信も、あながち根拠のない事ではないと、今は思います。

-------本人は、デップ同様自分が一番大切で、どこまでも自分だけを追及し、楽な映画、面白い映画に出て、それで映画の活性化に繋げようと思っているフシがあります。しかし彼が気づかずに、おそらく何度も粉々に砕かれた自分を人知れず拾い集めた結果手に入れた「ゆるぎない核」の部分、そこから巧まずしてにじみ出る力強さ・正しさ・美しさ・・・誤解を恐れずに言えば、これがデップにはなくて、アルにはあるものであり、映画という媒体にとって無くてはならない主役という「格」なんです。-------------

これは私がまだ「DVDの中のオダギリ氏」しか見ていなかった、上と同じ12/21の記事ですが、イロイロ気づいた(笑)今も、やはりオダギリジョーの真実は、映画の中にしかないと思っています。それを創り出したのが、オダギリジョー自身である以上。


以下はオタクの妄想として聞き流していただければと思いますが。
もし彼が世界を揺るがす一大スペクタクル映画(どんなだ・笑)に出て、アル・パチーノの目のすみを偶然かすめるような事があったら、こんな極東の最果ての地で、アルと同じ、地を這うようなやり方で自分だけの演技を模索し、なお日々のたうち回っている青年がいると知ったら、アルはなんて言うんでしょうね。






・・・「馬鹿だな」 って言うでしょうか。






あの、このうえもなくさびしく優しい目で、
一瞥、しながら。


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