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2006年2月22日 (水)

白バラの祈り

whiterose_banner 今日見てきました。
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 今日は母の誕生日でしたので、一緒に見に行きました。昔のクリスチャンの間ではこの「白バラ」という学生グループの話は結構有名だったらしく、母は良く知っていました。今回もそういう関係の団体がpushして先月企画展など催していました。私は以前、同じ女性についてパーシー・アドロン監督が撮った「最後の五日間」という映画を別の企画で見てます。主人公と同じ房に入っていた女性の視点で描かれた映画で、本人が出てこない分その人となりが深く描かれ、静かな、人間へのあたたかな希望を感じさせる佳品でした。それで今回もとても楽しみにしていたのです。

 一言でいうと「古きよき時代」という感じでした。まず映像が本当に美しい。光の眩しさ晴れやかさ、陰影の深さ重さがきっちりと計算されつくしていて、それだけでも見ていてとても心地よいです。建物も調度品もシックで重厚な感じで、当時の文化に対する郷愁すら感じさせる・・・ただ、それが人物の描き方にまで及んでいるのが今回とても残念でした。
私の周りの「団塊の世代」のおば様おじ様たちは、上映中号泣していましたが、私からすると、戦時下のナチがこんなに牧歌的だったなんてちょっと信じられないです。ドイツ映画界にとって、ナチの美化などタブー以前の問題ですが、しかし、例えば日本で「戦艦大和」が郷愁と共に語られるように、語りたい話題であることには間違いないのでしょう。少女と査問官のやり取りもとても悠長なもので、まるで少年少女文庫のようです。官舎の外を知らない査問官は現実を知らされ激しく動揺し、あまつさえ少女の「自由」「良心」という言葉に深く感動します。手をかけることすらなく、少女のご高説を拝聴する査問官。そして戦地から帰ってきた筈の軍幹部がも、公開裁判で戦場の惨状を訴える主人公の兄の言葉に静かに下を向いてしまうのです。21世紀の現代では、民主主義自由国家アメリカの一般警察でも、容疑者にはこんな生ぬるい言い逃れや演説は許されませんし、戦時下にあるパレスチナや内戦状態のアフリカ諸国なら問題すらならない「惨状」です。「この少女の言っていることの方が正しいのではないか?」と自問自答する時代はとっくに終わり、「彼女が正しくても、殺せば自分が正義になる」とはっきり自覚し、自分の魂の救いの為に殺すのが現代なのです。

 「正義の為に死んだ」少女の目撃者達は、沈痛な思いで、自分の家族にだけはこんな目にあって欲しくないと願ったことてしょう。しかし彼らが家に帰って実際に子に伝えた事は、「思想信条などというものの為に死んでくれるな」という懇願です。「戦争はとにかく反対」「暴力さえなければいい」イデアなき世界を次世代の中に作り育てたのは、実は今日映画館で泣いていた人、なんではないかとすら思います。自分の信条に従い正当な手続きを踏んで処刑される子が親と別れる場面を見て、どうして泣くのでしょうか。そのノスタルジーの向こうに、「むかついた」だけで殺されるストリート・チルドレンが、小学校にも行かずに「カミカゼ」という言葉の意味だけを教え込まれる子供が、今や大量に発生しているというのに。

昔はよかったんだなぁ、とは思いますが、そこへ引き返そうとは思いません。今の若い人たちはこの何倍も知恵と力と心をすり減らし、真剣に生き、その分はるかに人間的に成長していると、私には思えるので。


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