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2006年2月13日 (月)

道明寺

023_r2_c2  私は別に歌舞伎座のマワシモノではないので、かかる前の芝居も、かかってからの芝居も中日過ぎるまでは書かない事にしています。でも今回は別です。来る3月大歌舞伎で、仁左衛門が「道明寺」やります。もしこの方が舞台に立たなくなればもう誰もかけることの出来ない芝居です。3階でも一幕見席でもいい、是非「東側」で冥土の土産に御覧下さい・・・



 「菅原伝授手習鑑」という大きな芝居の一部ですが、中に出てくる役名を取って「菅丞相(かんしょうじょう=菅原道真)」と呼ばれることが多いです。九州・大宰府へ向かう途中、伯母との対面が許され河内国土師里へ赴く丞相。養女となっている苅屋姫は実姉立田前の計らいで、秘かにこの館にかくまわれています。一方、藤原時平の意を受けた立田前の夫宿禰太郎らは、丞相出発の合図である一番鶏を早く鳴かせて偽迎えを立て、暗殺してしまおうと企んでいます。ところがまんまと連れ出したはずの丞相は実は木像。丞相は難を逃れます。いよいよ九州へ向かう時、伯母覚寿は、苅屋姫と父丞相をひと目会わせ、2人は名残を惜しみます。
 この、木像が霊験によって見事本人に成り代わり、自分で歩いて駕籠に乗り、見事討手をだまし通す・・・ところを、当然の事ながら人間がやるわけです。菅丞相と木像菅丞相の一人二役。だからまず第一に役者は「人形のように美しい」顔立ちでなくては駄目なんです。成る相手は人気絶大の天神様、ですから、神様のような品格とオーラ(笑)も絶対条件。しかも、人形が動いている、と言うことを示すために微妙にギクシャク動くお約束(「人形振り」という芝居)があるんです。むかーし「ガラスの仮面」という漫画に似た場面があったんですが、こんなの、まず漫画じゃなきゃ出来ないことです(笑)。で、菅丞相という役をここまで神格化させ難題中の難題に仕立て上げたのが先代の仁左衛門。3月はその人の十三回忌公演で、当代仁左衛門がつとめます。 

 こーんな神がかった父を持ったことを、さぞ片岡三兄弟は恨んでいると思いますが(笑)、特に名前を継いだ三男孝夫は、これをやらないわけにはいきません。で、いかにも大変な役なので、今までに孝夫の時に1回、仁左衛門になってから1回やっただけです。今回でまだ3回目。でも前2回見た者としては、これは見ずにはいられません。   
 本人談「菅丞相を勤めさせていただくときは、自分の中で魂を昇華させて、普段よく言われているんですけれども、勿論牛肉はいただかないですし、舞台に出る前には、天神様の掛け軸を床の間にかけ、お水お米を自分で入れ替え、それを拝んで…一見たわいないようなことなんですけれど、そういった事を一つ一つ大事にして、舞台に出るまでは身も心も天神様にお預けする…そういう気持ちです。ですから、お芝居をしている間も、体で演じるんじゃなくて、心というよりも魂で演じる、演じたいと努力しています。」
 芝居の域を超えたまるで大仰な心構えですが、見ればきっと納得できると思います。どんなに言葉を尽くしても言い表せない、神々しさ、気品、端整な美しさ・・・まさしく人間業ではなしえない、壮大な「絵巻物」が目の前で繰り広げられていきます。会場全体の息を呑むような視線を一身に受けて身じろぎもせず、その輝きは更にますばかり。仁左衛門でなければ、出来ないこと、なのです。



 このお芝居を見る時は、とにかく正面なんて取っては絶対駄目です。いくつかある見せ場が、花道七三に集中しているからです。「桟敷が買えないのなら3階へ」とまで言われております。また、こういう特別な狂言の時は必ずN○Kが撮りに来ますので、良ければ是非その放映をお待ち下さい(たぶん3ヵ月くらい後にきっとあります)。


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