CRASH
クラッシュ、観てきました。公式サイトへは←写真からどうぞ。
今、世界で一番手垢にまみれたスローガンは「人種差別反対!」だと思います。みんなの前で声高に差別の撤廃を叫んではばからない人はゼッタイに胡散臭いですし、パンフなんか配っていたらもうその人には関わらない方がいいです(笑)。何故か。その、その手のものを何となく「変だ」と思う感覚の正しさ大切さを、残酷なまでにはっきりと解き明かしてくれているのがこの映画です。私は今度、子供連れて見に行くつもりです。子供にも、わかるように、出来ているからです。
映画の最初から、人種差別ってどういうことなのかが容赦なく描かれます。理屈やいいわけに逃げようとする観客を正面きって阻止する、凄い脚本であり迫真の演技です。このあたりほんとに全っ然容赦ない。その手をふりおろすことにも掲げることにも、その銃を構える事にも捨てる事にも、それぞれ重い意味があり、しかもどちらも「全然正しくない」。どちらかが片方より幾分ましなだけ、しかも選んだ結果は神のみぞ知る・・・そんな局面は、人間が普通に生きていればいつだって在ることです。それが人種差別に関しては必ず白黒はっきりと決着がつけられ、必ず信賞必罰が行われる。どうしてか。その人たちにとって人種差別は、解法が100%わかっている見なれた課題であり、昨日も今日もこなしてきたルーティンの一部であり、今や完璧なマニュアルすら存在し「いずれこの世からなくなる問題」だからです。つまりそこにいる誰もが、このことをまじめに考えていない。だから決着が付くのです。
この映画に出てくる人は皆、人種差別が永遠に消えてなくならないことを確信しています。何故か。「自分の心の中から消えないから」です。他の誰でもない、自分が、人を差別することをやめられないのだという事実を、正面から突きつけられているからです。うめき苦しみ、首うなだれながら、ある人は自分に課せられた重荷の大きさをかみしめ、ある人はそこにすら希望を見出します。誰かを差別する事にもしない事にも、それぞれ重い意味があり、しかもどちらも「全然正しくない」。どちらかが片方より幾分ましなだけ。しかも選んだ結果は神のみぞ知る・・・それが人間の営みである以上、人種差別をしようがしまいが、結果の保証は何も無いのです。そんな事で世の中は良くならないし、自分の命も相変わらず保障されない。ただ、自分が選んだ道がより良い道だ、と信じる事に希望を見出すしかないのです。
この映画が映画として存在意義があるのは、まさにここです。最後の最後に希望を、本当にかすかな希望を、それでもしっかりと観客の心に灯すことに成功しているのです。差別の無い国日本の観客がこの映画を見れば、差別が無知や忍耐力の無さに由来している事はすぐわかると思います。しかし、実際に人種問題に加担している人たちは、「わからない・気付いていない人」です。わからない人、わかっていない人に理屈で説明したって意味ないのです。わからない人にはその心に訴えなければ意味がない。子供にも、わかるようでなければ意味ないのです。
この監督は「ミリオンダラー・ベイビー」を撮って一躍脚光を浴びた、テレビ業界の人です。最初の小さなエピソードの積み重ねは、あるいはテレビでも撮れた、かも知れません。でも、自分の右手が今している事が、この世の根源にかかわる重い課題に繋がっている、という突き抜けた、荒涼とした主題は、映画でなければ収まらなかったと思います。映画としての完成度の高さが、そのままこの監督の主題に対する真摯な姿勢を証しています。
是非、どなたかを誘って、御覧下さい。
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コメント
見応えのある骨太な社会派群像劇でしたね。自分の何気ない行動が他の誰かの人生を変えてしまうかも・・怖いですよね。生きる事のすばらしさを素直に感じました。Tb失礼します。
投稿: あん | 2006年2月18日 (土) 15時01分
TBとご丁寧にコメントまで、有難う御座いました。
この映画のすごいところは、あんさまのおっしゃるとおり
これだけ現実をシビアに描きながらなお
>生きる事のすばらしさを素直に感じ
られる所だと思います。
これだけの素材があれば、ドキュメンタリーとしても充分成立するものを
エンターティメントにまで押し上げたから意味がある。
結果、より多くの人の心に届き、胸を叩く。
ほんとうに凄い事ですよね。天使のような女の子と監督に拍手です。
投稿: contessa | 2006年2月18日 (土) 16時16分
早速のお越しありがとうございました。ポール・ハギス監督ただものではないですね。アカデミー賞の行方と共に次の作品が楽しみです。
投稿: あん | 2006年2月18日 (土) 17時02分