« 承知。 | トップページ | 花様年華 »

2006年1月 4日 (水)

阿修羅城の瞳

 今年の初春は坂田藤十郎襲名だそうで、おめでたいんですが観るものがなく(^_^;)、前から見たかった「阿修羅城・・・」を家で見ました。この映画、一般受けは良かったんでしょうか。Yahoo!のレビューに誰も一言も書いてない、っていうのがモノ凄く気になるのですが(笑)、ブログをあたると「わけわからん」「何だかなぁ」あたりが若い方たちの率直なご意見といったご様子。時代劇を見慣れた壮年以降の方たちの感想も、是非聞きたいですね。
 今、映画じゃなくて歌舞伎のカテゴリで書いてますが、これは映画・・・っていうか映画の素養しかない人にとってはやっぱり反則技だと思うんですよね。で、歌舞伎に入れました。私は単純に染五郎の天竺徳兵衛や四谷怪談が見られて嬉しかったです。まだまだ器が小さいけれど、とりあえずその時だけは染五郎が「生きて」ましたしね。お岩のかわりに宮沢りえがすっぽんから上がってくる掛け合いのところなんか、ぞくぞくするくらい笑ってしまいましたし、この人たちはまったく、今や天下の染五郎の目の前で、よくもこれだけおちゃらけた見得が切れるもんだと、こっちのほうが恥ずかしくなりましたが(笑)それもご愛嬌。あと、染五郎は殺陣は正直、体が硬いんですが、街中や野原でなく、舞台の上でなら物凄く映える太刀筋、っていうのも新発見でした。美しかった。
 でも何より歌舞伎だと思ったのは、ストーリー展開の荒唐無稽さ。こういうのって、芝居見慣れている人は「耐えられる」(笑)んですが、映画的にはダメダメです。だいたい、映画として観た時に、一番勘所となるシーンに限って歌舞伎からの借り物ってのがお安い。「首が飛んでも動いてみせらぁ」なんて手垢にまみれたせりふで型通りにらまれても、落ちにも何にもなりゃしない。そんなんだったらもっとちゃんとしたのが小屋に行けば観られるんだし、逆にそこの所を換骨奪胎してこそ「映画」だと思うのに。これじゃ歌舞伎をちょっと汚してみました~で終わりです。そもそも映画は小屋と違って時間にも空間も何の制約も無いんですから、こんな馬鹿なことやってちゃいけませんヨ・・・・なんて途中まで思っていたのですが。

ひょっとして、こういう時代物に対して製作者側は、いまだに歌舞伎の呪縛から抜け出せていないんだろうか、歌舞伎を超える仕掛けも筋書きも、いまだに編み出せていないんだろうか・・・・と思ったら、ちょっと背筋が寒くなりました。確かに歌舞伎は凄いけど、だからって現役の歌舞伎俳優連れてきて、歌舞伎をさせて、ハイ映画です、っていうのはいったい何の冗談なんでしょうか・・・。

宮沢りえさんはきっちり映画的話法で芝居していたんですが、その時は染五郎がど素人(笑)、染五郎が仕事している時にはりえちゃんは置いてきぼり、という実にちぐはぐな所も、ちょっとカワイソウでした。私的にはこの収拾のつかない映画をまとめようと一番頑張っていたのはりえちゃんだと思うんですけれどね(笑)。




|

« 承知。 | トップページ | 花様年華 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/103190/7998996

この記事へのトラックバック一覧です: 阿修羅城の瞳:

« 承知。 | トップページ | 花様年華 »