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2006年1月16日 (月)

シネ・アミューズ10thとアカルイミライ(2)

 日本映画堪能オールナイト、行ってまいりました。子供が小さい時は徹夜なんてよくある事だったので軽く考えていたのですが、昨日午後私は、まるで使えない人間になってました(笑)。それでも見てよかった。トークショーも面白かったです。
 そっちの方から先に話をしますと、私はメモも取らずに赤い部屋で、(笑)ただボーっと聞いていて、しかも会話そのものはあとで記事に起こされるそうなので、ここであやふやな記憶のまま内容を詳述するのは避けます(^_^;)。何だか夜中にふさわしい、ゆるゆると進む会話でした。聞き始めてから気がついたのですが、お2人ともどちらかというと聞き役に回るタイプの方なんですねw 撮影秘話など時々笑いも混ぜながら、どこかのバーのカウンターで交わされるような、ポツリ、ポツリと楽しむような間に味があって、良かったです。
 それから、私はものすごい勘違いをしていた事が途中で判明。今、浅野さんは髪を結構伸ばしていてしかも部分的に白髪が目立ってて(^_^;)、一方加瀬さんは生で見ても、この日上映された「ロックンロールミシン」の中の加瀬さんと寸分違わぬ若さと可愛らしさ(^_^;)、今でもあの伝説の「69」学生服姿が余裕でOK、な感じなんです。並んでいると10才は軽く年が離れているように見える。一方、初めて加瀬さんと共演したスクラップヘブンの時のオダギリ氏もリアル29才、っていうか見た目今日の浅野さんよりひとつ年下ぐらい?(え)・・・そうです、実は加瀬さんってオダギリ氏よりひとつ先輩だったんです○| ̄|_ もっと言うとこの3人、実年齢は3才しか離れていないんですよwいや~オダギリ氏、も少し加瀬さんを見習おうよ(笑)
 そう思いながら、トークの後映画を見、「アカルイミライ」の加瀬さんを見て、公開当時はちゃんとオダギリ氏より年上の方として見ていた事を思い出しました・・・加瀬さんごめんなさい、あなたはきっとみんなの憧れ、永遠の若者です(爆)。

 では、今の私が見た、3作品の感想を。
「風花」 
現在の浅野さんを目の前にして言いにくいのですが(笑)、この映画の時の浅野さんは、ほんとうにむちゃくちゃかっこよかったです。そして爆笑キャラ。私は当時、キムタクより浅野さんのほうが全然凄い、とさえ思っていました。今見ても、やっぱりそう思いました。そして小泉今日子さんの美しさも。この人は映画の中でも映画の外でも変わらず美しいんだろうなぁと思います。そしてそれを極力変わらないように撮る相米監督の、観客への優しさと役者さんへの厳しさと。このころ、あくまで私見ですが、日本映画の若い監督で一人気を吐いていたのが阪本監督で、その熱さと重さの対極にある相米監督の出現は、対等に対極にあるからこそとても貴重な存在でした。崔監督や井筒監督が商業ベースでも評価される、よい時代になった今こそ、相米さんの映画がもっと見てみたい、とつくづく思います。合掌。

「ロックンロールミシン」
会場では、加瀬さんファンの若いお嬢さんたちと隣合せたのですが、彼女達の間でもこれは評価の別れる作品である由。私も失礼ながら、寝るならここかも、と思っていました。が、・・・面白かったです。っていうか、すっかり眼が覚めました(笑)。夏にヒミコを見てからこっち、オダギリ氏のDVDその他は一生懸命見ているおかげで、「夢の中へ」とか「バナナの皮」「HAZARD」「ブラックキス」(以上三つは断片)なんていう、むしろ拒んでいた世界にもいつのまにかすっかり慣れていてですね(笑)。自分の事は棚に上げて、若い人にはこういう映画を是非もっと見てほしい、などと真剣に思ってしまいました。私の世代にはウケないかもしれないけど、でもそんな事を気にしていたらオジサンオバサン向けの映画だけになってしまう。正直、今の若い人を映画館に呼ぶには、こういう、今の若い人と波長と時代を共有する監督でないと、だめなんだと思います。映画、というフィルターを通してみれば、その波が、大きさが、多少はおばさん達にも伝わってくるわけですし・・・いや、全部わかったとは口が裂けても言えませんし、そもそもおばさんはそんな事わかんなくていいんですが(笑)。そしてクドいようですが、加瀬さんは若い・・・・

「アカルイミライ」
えーと、やっぱり泣きました(笑)。この時間帯になると寝てる人もいたので助かりました。最初にこれで泣いたのは、実は「曖昧な未来」が公開された時、場所もココでした。いわゆるメイキングフィルムで、浅野さんの部屋にオダギリ氏が行くシーン。OK出る前のオダギリ氏が何度も撮りを重ねているのですが、それが、「アカルイミライ」の中のオダギリ氏と、本当にもう、全然、違ったんです。曖昧な、の中のオダギリ氏は、もうどんなに努力してもこの人はどうにもならないだろう、っていうくらい衝撃的に下手。このオダギリ氏にあきらめずに何かを見出したというだけでも、私は黒澤監督を心の底から尊敬しています。ほんとに。そして曖昧な、を見ながら「アカルイミライ」を思い出せば、ココのシーン、結局オダギリ氏はやり遂げて、画面の中にちゃんと納まっているわけで。そのあまりにもかけ離れた演技。コレがアアなるまで、いったいこの人はどれだけ自分を追い詰めて追い込んで呻吟したんだろう、と思ったら、映画館で泣いてました。はたから見たら黒澤監督の信奉者みたいだったでしょうか(笑)。
この年は、実は私的不朽の名作「ドッペルゲンガー」が、あと「蛇イチゴ」が公開された年で、年の初めに見た「アカルイミライ」は正直、記憶の中の存在になってしまっていました。それでも、最初見た時一瞬にして心を奪われたオダギリ氏のあるシーンが、その後もずっと頭を離れませんでした・・・雨に降り込められ、雨宿りした倉庫の床下を覗いているので、藤達也さんが後ろから声をかけます。すると、振り返ってオダギリ氏がこう、宣言するんです。「いました。」何の演技もしていない、ただそのままの声で。それなのに一点の曇りも無い自信に満ち溢れた顔で。すがすがしく、明るく、強く、正しく、何の迷いも無くすっくと立っているオダギリ氏。それはまるで、気がついたら目の前に滑走路が広がっていて、そこにいきなり見た事もないような美しい飛行機が降り立った、かのようでした。今までどこにいたのかと思うほどに美しく大きな飛行機。そしてあらわれたかと思ったら、次の瞬間からもうこの飛行機は、離陸準備を始めます。着々と工程を積み重ね、エンジンをふかし、滑走をはじめ。最後藤達也さんを抱えて遠くを見つめながら、「未来」を具現化したような抽象的な存在にすらなって飛行機は見事離陸し、飛んで行って、しまうのです。
 その、この世界に降り立った瞬間のオタギリ氏が、この人の基礎であり核でありすべてであると私は今でも思っています。そしてこの時生まれた水晶の珠は、その後映すものによって、暑苦しくも仰々しくもなってしまって、私は正直それを惜しいと思っていましたが、今はそれが、落としたぐらいでは割れない、象が踏んでもこわれないvv頑丈なものだとわかりましたから、もうそこに何が映っていようが知ったことではありません(笑)。楽しみに拝見しようと思います。







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