« パッチギ! | トップページ | 斉藤 一 »

2005年11月 2日 (水)

ヴェニスの商人

1000367_01「ヴェニスの商人」公式サイト



Kさんに誘われて、行って参りました。映画の日という事で大人気、私より年上のおば様たちは確実にアル・バチーノ目当てでいらしていたと思います。かく言う私もその一人、昔うちにいた人形にこの人の名をとってアルと名づけていた位ですから(笑)話の筋がわかっていても、出ているその他(!)役者に全然ときめかなくても、頑張って朝から整理券をゲットしたのでした。

・・・凄く良かったです。見る前は、シャイロックをアル・パチーノがやるので、劇団四季その他がよくやるように「社会的弱者としてのシャイロック」が声高に叫ぶのだろうと思っていました。正直、ああいう解釈はシェイクスピアを馬鹿にしているし、舞台で見るといかにもあざといので嫌だったのです。でも今回、視点は同じでもアル・パチーノはシャイロックを、本当にごくごく「普通の人」として演じていました。これほど手垢にまみれたステロタイプなキャラクターに、細心の注意でリアリティを持たせ続け、その事で、シャイロックの言い分が「ごく普通の人の、当たり前の主張である」と静かに観客に訴え続けていたのです。
「陽が照っているのに、ユダヤ人だけが暑くない、ということがあるか?刀で切ってもユダヤ人は血が出ないのか?」写真の場面でシャイロックは許しを請う人々に語ります。金を借りる時も、返せなくなった時も、彼の「異質性」を自己弁護のために使いづつける人々。その意地汚い「保身」こそが確執を産むのであり、ごく普通のシャイロックの前にあってその異常な醜さがだんだんと暴露されていきます。そしてラスト、「血を流さずに肉を切れ」と言う判決の後、シャイロックは進退きわまってうめき声を上げます。どうしようも出来ない無力感に打ちひしがれ、砕け散った自分をかき集めるように我とわが身をぎゅっと抱きしめて、うめくシャイロック。その惨めな姿がそのまま「シャイロックは私達と同じ人間」であることを、この上なく静かに、他のどんな言葉よりも力強く訴えかけてきます。

若い男性には、劇中新婚の奥様にいいように手玉に取られる主人公の青年2人がいかにも情けなくて不評のようですが(笑)、機会があったら是非ご覧になる事をお薦めします。




|

« パッチギ! | トップページ | 斉藤 一 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/103190/6848397

この記事へのトラックバック一覧です: ヴェニスの商人:

« パッチギ! | トップページ | 斉藤 一 »